kurakenyaのつれづれ日記

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クルマの値段交渉というムダ

こんにちは。

 

前にも書いたけど、自動車ディーラーに行って、価格交渉をするほどバカらしく疲れることはない。

 

昔の市場では、すべての商品について値段交渉していた。これは間違いない。今でも中東のスークに行くと、そうした活動が普通だ。だからボラれることもあるし、思いがけない掘り出し物に出会うこともある。

 

で20世紀にアメリカでスーパーマーケットが普及したのは、人件費が上がって、値段交渉などという活動をなくしたほうが、売買双方にとって望ましくなったからだ。つまり人件費が低い低開発国では、今でもマーケットで、(非生産的な)値段交渉などに人間が従事している。

 

テスラのサイトに行くと、値段交渉はなしでウェブサイトからポチるだけで車が買える。これは良い! 

 

www.tesla.com

 

ほとんどの服はユニクロや無印、ワークマンなんかで買うことで店員との無意味な接触を避けることができる。だからこそ、時代は急速にEC化しているのだ。逆に、自分を顧客として大切にしてくれるようなリアルな接客を好む人は、デパートブランドや、もっとハイブランドにいくことになるだろう。

 

おそらくクルマではポルシェ・メルセデスBMWクラスじゃなければ、接客や値段交渉なんて無意味だ。今どき普通のクルマでの値段交渉なんて、ディーラーの営業マンにとっても、購入者にとっても時間とエネルギーがムダすぎる。どうして、こんな非効率なサービスが残っているのか??? 

 

豊田章男自動車工業会会長の、先日の会見での「日本の自動車産業での雇用の維持」にこうしたディーラーの営業マンの活動が含まれるように思われる。しかし、それはデパート業界全体を守りたい、銀行業界全体を守りたいという考えと同じような、単なる既存の就業構造の維持への郷愁的な願望なのだろう。

 

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