kurakenyaのつれづれ日記

ヘタレ リバタリアン 進化心理学 経済学

irrationarility of the poeple

キャプランの指摘するように、確かに反市場バイアスというのは根深くあると思う。
ごく自然な感覚として、人々は「もうけよう」という意図をもって活動する人々が構成する市場を嫌い、
その意図において善意である(と少なくとも思われる)政府によるパターナリズムを好む。


また反外国人バイアスもあるだろう。
貿易の利点という小難しい議論をしないというのなら、
進化的に見て遺伝的利益に合致していることは間違いない。


無政府主義者に限らず、通常、経済学者はこういった思い込みを解消するために
授業中に長い時間をかけて骨を折るのが仕事なのだが、
その結果というのは、キャプランも指摘するように悲惨なものだ。


とすると、こういった教育の効果はどう考えるべきなのだろうか?
D.フリードマンキャプランも教育によって世論を少しずつ変えるべきだというし、
小生もそう考えてきたが、なんとなく暗い気持ちにならざるを得ないようにも思われる。
果たして、バスティアの頃から200年以上も指摘され続けてきたような人間の思い込みが
いつの日か本当に変わるなどということがあるのだろうか?


小生はこの答えを知らないのですが、どうでなんでしょうか?