Noblesse Oblige, Nobles Obliges, Noble Obligation, ノブレス・オブリージュ、 だったかという言葉があるが、これは「貴族であるということは、同時に義務も負っている」というほどの意味のラテン語だったと記憶している。
もっと、現代的、一般的な使われとしては、「能力のあるものは、その能力を他人への施しとする義務を負う」というほどになるだろう。
以前、息子と一緒にスパイダーマンをみていた。そこでも「能力は義務を伴う」と叔母さんに言われた主人公が、スパイダーマンとしての能力を、悪人から人びとを守るために使うことを意識するというストーリーだった。
で、ところで、この言葉の(ゲーム論的な)意味は 一体何なのか??
とりわけ リバタリアンとしては、こうした言葉の意味、存在はとてもフシギに思われる。消極的自由しか認めないリバタリアニズムでは、もちろん、誰も自分の能力を他人のために使う義務など負っていない。
貴族が、平民に対して負っていた、勇猛果敢である義務とは、つまりはimplicitな契約なのだ。平時は、貴族が多くの特権を享受することが制度として定められているが、その見返りとして、共同体が危険にあるときには、そうした特権階級が、まず命をなげうって率先して守るのだ、というimplicit contract。
あるいは、現代社会でもそうなのだろう。
能力のあるものは、金銭的に より多くを受け取るが、代わりに能力の低いものの後見を行うというパターナリズム。こうしたハーヴェイロードの前提は、もっと進化ゲーム的な均衡解として認識し直されるべきなのだろう。
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