kurakenyaのつれづれ日記

ヘタレ リバタリアン 進化心理学 経済学

ジョージアンあるいはgio-libertarian

学生時代、バブルの日本で、僕はヘンリー・ジョージの
土地課税論に至った。まさに思ったことが、ジョージによって100年前に発表されていた。
そこで、当時の夜警国家主義の僕は税源は、土地課税しかないと思った。


土地課税には二つの理由がある。一つは経済学的に土地に課税しても
その供給を減らすことはないから、生産に中立的であるという経済学的な常識である。
もう一つは、中国のように、土地を公共物として、その使用権のみをオークションにかければ、
結局は、土地の最大課税と同じになるという論理的な洞察である。
それから、土地の有効活用による生産性の向上も重要だろう。


ところが、無政府主義者の多くは、土地所有権の絶対を擁護し、土地課税などとんでもないという。
これはこれで、権利論としては理解できるが、経済効率はあまりよくないだろう。
むろん今の僕は無政府主義者なので、
原則としては、いくら効率的であれ、土地課税というGio-liberarian的な立場はとっていない。
とはいえ、国家が必要なのであれば、土地と電波に課税するしかないという考えは昔と同じだ。
生産に課税する所得税では、生産しないインセンティブを生んでしまう。


しかし、それにしても、税法の現実を見てみよう。
政府は取りやすいところから税をとって、
なんであれ、予算にしてしまう。
なんとも残念なことだ。