kurakenyaのつれづれ日記

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現金を使う権利

ボクの母は現金しか使わない。使えないというほどでもないのだが、使った分が分かりやすくて良いんだと言っている。

 

 

ところで、最近話題のフィラデルフィアなんかの訴訟では、Amazon goとかで現金が使えないのは銀行口座を持てない貧困層への差別だとして、商店ではすべて現金が使えるようにすべきだと言うことらしい。

 

 

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契約や商業活動の自由を優先するなら、当然カードを持たない客を拒む自由が認められるはず。判決ではどうなんるんだろう? まあ判決の前に、どの店も現金を取り扱うようになって、訴えが取り下げられそうだけど。

 

 

どっちにしても銀行口座で「いくらしか持たない人からは口座維持費をとります」ということになれば、弱者イジメ(と人は言う)にはなりそうだ。日本では これまで銀行口座維持費が取られてきていないのは単なる慣行でしかない。銀行が軒並み 急速に破綻していくことが明らかな現在の視点からすれば、これからは口座残高が低い人からは維持手数料が取られるようになるように思う。

 

 

このウェブの時代に現金を使うのは、誰にとっても能率が悪い。日本の生産性が低い原因の一つでもある。

 

 

どう転んでも、現金を使う人が損をする社会になるのは必然的だ。現金はロンダリングが自由で、支払い主のデータもまったく集められないから、どの金融データ会社にとっても旨味がない割には、取りあつかいにはリスクがある。数えるのも受け渡すのも面倒だから、現金支払いが望まれている日本でも、現金支払いが不利な扱いを受けるように変化するにはそんなに時間はかからないだろう。

 

 

将来的に、現金で受け取ることを商店側に強制すれば、商店側には現金会計の負担が生じる。それだけではなくて、使う側にしても、現金を引き出すのにはATMの利用料が必要になるなら、弱者保護にはならない。将来は普通時間帯の利用でも、手数料を取るようになるはずだ。だってATMに現金を用意するのは、実際にはとんでもないコストが掛かっているわけだから、その費用を現金派が支払うことになるというのもやむを得ない。

 

 

どういう支払制度を作っても、ある種の平等原則には反することになるだろう。でも、もともとそんなな平等な取扱なんて存在したんだろうか? 大阪で値引き交渉が盛んなら、ろうあ者は不利益だったはずだ。今後の社会で、どこまで形式的な平等を担保するのが衡平の原則にかなうのかは、ボクにははっきりしない。

 

 

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