先日、せっかく日本の賃貸物件の話をしたので、ついでにもっと専門的な法と経済学の話をしましょう。瀬下・山崎さんのこの著作では、多くの民事法の経済分析が展開されています。ここでは、もっとも興味深かった1例についてだけ。
これは民法プロパーなので法律を勉強したことのない人には、今回はすいません。
抵当権は、経済学的にどのように考えるのが、もっとも適切=効率的であるのか? この視点から、抵当権の物上代位、さらには短期賃貸者という詐害行為などを論じます。
抵当権は、一般には特定の土地に関連した債権を担保するために、その土地を人質にとるというもので、債権が支払えなければ、(もともとの民法の意図では)その交換価値を獲得することで債権を充足するという規定です。
だから土地・建物の賃借料が発生した場合には、その賃料を抵当権者が(賃貸人に代わって)取り立てること(代位)ができるかが問題になります。なぜなら、もともと抵当権とは、売り払うことで得られるだろう金銭(交換価値)だけをその目的としているというのが、かつての法律家の発想だったからです。
また、日本ではもっと大きな問題がありました。抵当権を設定した後に、(短期)賃貸借契約によって物件を貸し出すと、賃貸借のほうが優先されて保護されてしまうという規定がありました。こんな変な規則があれば、主にヤクザなどの悪い人は、抵当権の価値を下げるために賃貸借契約を結び、それによって抵当権者からお金をゆすりとろうとすることになってしまいます。これを詐害行為と呼びますが、これは困る。そこで、さらに詐害行為であることを「証明」すれば、取り消すことが可能となりました。
結局、いくつもの論点があるのですが、重要なのは、こうした論点はすべて「抵当権の法的な性質」論などでは理解できないし、適切な解も見いだせないということ。
さて著者たちは、抵当権を経済学的に理解するなら、「債権完済を条件とする買い戻し権付きの所有権移転である」と考えるのが、抵当権設定当事者の意思に最も適合するといいます。こう考えると、物上代位は当然だし、短期賃貸借も詐害行為であることに、完全に納得できます。
また判例は賃料への物上代位について、不動産賃料というのは「交換価値のなし崩し的実現」であるから、交換価値を支配する抵当権が、利用収益の結果である賃料にも及ぶのだ、と説示しています。こうした言葉の言い換えはけっこうですが、もっと本当のところ、抵当権がどういった機能を持つべきなのか? という問いからスタートしたほうが話がわかりやすい。
それと、経済学者であれば、そもそも不動産の権利などの「交換価値」自体が、割引された賃料の無限和から求められるものであるため、交換価値のなし崩し的実現という表現は誤りで、むしろ交換価値そのものだということになります。
抵当権のように「法的直感」の及ばない、人為的な契約、商業契約においては、こうした経済的モデル分析をしてたほうが、当事者の利益についてよっぽど自然です。なぜ瀬下さんがここで展開しているような法と経済学的な分析が普及しないのか? これは将来の実務教育でもっと重要なものとなるはずです。
もっと合理的な説明が必要で、針の上に天使が何人みたいなレトリックは止めて下さい。
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