- 作者: ポール・クルーグマン,山形浩生,大野和基
- 出版社/メーカー: PHP研究所
- 発売日: 2013/09/14
- メディア: 新書
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こんにちは.これから少しインフレについて考えてみましょう.
インフレ主義者は多いのですが,通常,インフレは通貨価値の低下であり,政府のファイナンスを助けるものであるため,リバタリアンはインフレを批判するのが定石です.
まずインフレは望ましいのか? インフレ主義者は多いのですが,通常,弱度のインフレが望ましいと考える現代の学者は,ケインズの流れを組む制限的合理性の信奉者が多いようです.とすると,インフレ反対を唱える人は,通常はガチガチの合理主義者=反ケインズ主義というということになります.
インフレにコストが存在することは明白です.インフレが起こると,人びとは現金(預金)をできるだけ速く商品に交換するためにアタフタするというshoe leather costが発生します.また資金の貸し手から借り手にリソースの予期せぬ再配分が起こります.また経済の撹乱要因にもなるでしょう.
しかし,インフレにはメリットもあるようです.どうやら人びとは賃金が上がったと誤解して,より働くようになり(フィリップス・カーブ),かつ愉快な気持ちにもなるようです.これは錯誤であったとしても,確かに幸せを感じています.この事実をどう取り扱うかが,おそらくケインズ派と批判派の学者のインフレ評価の分かれ目になります.
ケインズ主義者によると,インフレがあれば名目賃金の上昇で人びとが愉快に感じるだけでなく,モラールの低下なしに実質賃金の引き下げも可能になり,首切りではなく,賃金引き下げによるワーク・シェアが可能になります.あとは借り手は貸し手よりも貧しい場合が多いので(かならずしも現実にはそうではないでしょうが),弱者保護が好きな大きな政府主義者はインフレ政策に賛成することになります.これはケインズ自身がそう考えてもいた社会思想です.彼は「利子生活者の安楽死」を標榜していたはずです.こう考えると,インフレは大きな政府と社会政策主義者と親和的な政策になります.
ガチガチの合理主義者は,こうした見解を怪訝に感じます.僕は長い間,こうした貨幣錯覚について,どうしても納得できませんでした.しかし証拠はすでにあまりに膨大です.人間の世界認識の現実に貨幣錯覚が存在するのであれば,錯視やVRが脳内では現実であるように,人びとの効用の増加を認める必要がありそうです.
さて,ここで仮にインフレが望ましいという前提を肯定するとしても,ハイパーインフレは誰も望みません.すると,何%が最適なのか? この答は,上記の錯誤の問題とあいまって,難問です.これまで僕は正直,誰ひとりとして,マトモな推定をした論文を見たことがありません.(通常,エコノミストや評論家は軽い感じで,インフレが望ましいとは言いますが,,,)まあ,錯誤の程度,あるいはそれによる効用の増加分や,賃金交渉費用の変化など,すべてまったく金銭的に明確ではないのですから,当然です.
オドロキなのは,本書でクルーグマンは「日本にとって望ましいインフレは2%,8%でなく,4%である」と断言していることです.特段の証拠は挙げていないので,彼自身の直感的な数値なのでしょう.まあ,この本自体が単なるインタビューの書き起こしなので,厳密さを求めても仕方がないのでしょう.しかし別に否定する気はなくて,もう少し高いかもしれないよ? と感じる程度です.
10%ほどにまでインフレが高まると,貨幣錯覚が「錯覚であること」と強く認識されてきてしまい,逆効果になるということなのでしょう.でも2%じゃ効果が弱い.そこが近視のかけるメガネと同じでトレードオフがあって,落とし所が難しそうです.
ところで僕が実家の母などと話していると,高度成長時代の給料の増加や高金利を懐かしむことはとても多いです.やはり名目的なインフレであっても,名目賃金の上昇は嬉しいもののようです.
さて,最後に残された疑問は,「こうした貨幣錯覚は現代社会がインフレに慣れているからで,デフレの時代が続けば,人びとはデフレによる実質所得の変化に注目するように変化する」というマネタリスト的な・あるいはオーストリア的な主張です.これは本当かもしれないし,そうでないのかもしれません.社会実験が不可能だからです.
でも,僕はあまりこの意見は賛成できないように感じています.特にカーネマンの『ファスト・アンド・スロー』なんかを読むと,どうしても貨幣錯覚は普遍的な大脳回路の認識作用に基づいているように思えてしまいます.
おまえリバタリアンじゃなかったのか!? リバタリアンはフリードマン・ルールやオーストリア学派だから,デフレこそが望ましいと主張するべきだろう! と批判されそうです.あえていうなら,インフレ課税は国防予算に当てるべき,現在の無意味・有害な産業振興・保護や公共事業の予算をやめてベーシック・インカムとして配るべき ということになりそうです.
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