kurakenyaのつれづれ日記

ヘタレ リバタリアン 進化心理学 経済学

IQ,GDP, economic growth

IQとGDP・経済成長について

蔵研也(岐阜聖徳学園大学

Abstract: Economic productivity and economic growth are apparently influenced by the human capital of the local populations. Within the last hundred years, IQ researchers have collected worldwide distributions of cognitive abilities, both measured by psychological IQ tests and international achievement tests. There exist huge differences in their abilities and this discrepancy accounts for 60 % of GDP and 23% of economic growth gaps among countries worldwide. Though the IQ differences may well be mostly genetic in origin, better nutrition and school organization could be potentially alleviate the situation to some degree.

JEL classification codes: O1, O4

0. 序論
本論文は、これまでの主流派経済学の伝統と決別し、経済発展を決定するのは、人びとのIQであり、それは大きな遺伝性が存在するという仮定から論理を構築する。こうした試みは、戦前の人種差別・優生学の伝統への反動からまったく否定されてきたが、21世紀を迎えた現在、生物学的な集団間の相違を無視するのは、非現実的であるだけでなく、科学的にも非生産的である。さらには、知的にも偽善的であるといえるかもしれない。
 論文は以下のように構成される。第一章は、経済成長のエンジンとして、各国の平均IQが大きく異なっていること、そして、IQの違いは1国内においても、大きな生産性の違いをもたらしていることを、さらに、国民レベルで見た平均IQは、社会的・文化的な累積的効果の結果、GDPに対して、圧倒的な役割を果たしていることを統計的に確認する。
第二章は、IQが与えてきた影響は、現在のGDPにとどまらず、500年前のGDPにとどまらず、に対してさえ、大きなものであったことを示す。さらに、主流派の信仰する経済成長の均衡理論とは異なり、戦後、南北格差は一貫してき広がってきおり、それはIQによって説明するのが適切であることを示す。
第三章では、人間の数万年の遺伝的な変異は国別の格差にとどまらず、多民族国家における、出身国によって異なった経済パフォーマンスをもほぼ正確に予見していることを示す。世界のあらゆる国で、東アジア人移民は一貫して最も学業的に成功しており、所得が高い、ヨーロッパ人はそれに次いでおり、ラテンアメリカ人、アフリカ人、マレー人などは、大きくこれに劣っている。これらのパフォーマンスはシンガポール、マレーシア、アメリカ、南アフリカ、ブラジルなどで確認されている。
第四章では、国家レベルでの1ポイントの平均IQの違いが、平均的GDPに9%の所得格差をもたらすのに対して、国家内の集団においては、2−3%の違いしかもたらさないことを指摘し、その理由について考える。この章では、社会的な信頼度の低さ、長期的な視点に立った活動の少なさ、などの社会的・文化的な要因について考察する。
第5章では、さらに国家的な要因について考える。国家制度は、国民に対して、強制力を行使できるため、その効率の良し悪しはそのままGDPや成長率に直結する。IQは官僚や政治家、警察官や軍隊の汚職ネポティズム、さらに各種の利権団体による自由貿易の阻害、その他の多くの、国家レベルの比効率を生じさせている。また経済の発展は、これまで国家の役割であると考えられて来たインフラの構築、例えば、安定的な発送電、上下水道の整備、安定的な電話網の整備に大きく依存している以上、これらのインフラの整備を計画的につくる能力もまた官僚や政治家のIQに依存していると考えられるのである。
第6章では、20世紀を通じて、計測されてきたIQが上昇してきたという現象、いわゆるLynn-Flynn 効果について議論する。これはおそらく、身長の増加と同じように、栄養状態の改善、水銀・鉛その他の有毒物の環境からの被曝の減少、テレビなどの幼少期の知的刺激の増大の結果なのであろう。20世紀の独立依頼続く、アフリカの独裁、内戦、さらにはアラブでも独裁と内戦が頻発しており、民主主義として機能しているのは、ヨーロッパ人と(中国を除く)東アジア人だけである。奇しくも彼らのIQは100を超えている。軍隊のような実力者が社会を支配するほうが、人類にとっては支配的なモードであったのだから、法の支配、民主主義などが維持されるためには、はるかに抽象的な「公平」、「正義」「効率」などが意識されねばならないが、それはIQが100未満の社会では難しいことを意味しているのだろう。
今後の途上国援助は、制度を直接に根付かせようとするようなものではなく、彼らのIQを促進するような栄養や寄生虫・病原体の撲滅、有毒環境物質の除去などに注力するべきだろう。


1. 経済成長の究極的なエンジンは何か?
 経済学理論の基本的な問いの1つに、「ある地域の経済は、なぜ現在の豊かさにあるのか」また、「なぜ現在の成長率を実現しているのだろうか」という経済成長の理論がある。これまで多くの経済学者、歴史学者が論考を残してきているが、中でも最も有力なものに、物的資本の蓄積理論(Solow, 1956)、あるいは人的資本論(Becker, 1964; Mincer, 1972)である。
 物的資本理論は、機械や工場などの生産設備の蓄積が経済成長を生むというもっとも単純なものである。産業革命が織機や蒸気機関の発明、発展によって特徴づけられるように、この考えは最も単純明瞭である。そのため経済学においても20世紀を通じて、この成長過程についての数理分析がひじょうに精緻に発達した(資本蓄積の最適課程について、例えばRamsey, 1928; Cass,1965; Koopmans, 1965) 。しかし、工場設備や機械などは容易に輸出、移動できるため、産業革命の時代はともかく、20世紀以降、現在にまで続く格差を説明するにはまったく説得的ではない。そこで、20世紀の終わりから、より多くの経済学者は人的な資本理論に向かうことになった。
 人的資本理論は、人びとの教育を重視する。地域の人々が近代的な数学・技術教育を受けることによって様々な知識を獲得する、それが資本となって、さらなる技術的、社会的なイノヴェーションを実現し続ける、その過程が経済成長だというのである。早くから発展した地域は、例えばヨーロッパ地域などは、こうした人的資本の蓄積において先んじたのだと考える。
 現在の生産設備はコンピュータで制御されているなど、技術的に高度に洗練されているものが多く、その生産設備を改良するためには長年の技術者としての教育が必要である。その使用についても、最低限度の教育を受けなければ、適切に利用することも難しいだろう。
 このように、人的資本モデルでいう「人的資本」の現実的な指標として、通常の分析では教育年数などを使用してきた(Mincer 1972; Barro & Sala-i-Martin 2004)。だが、虚心坦懐に考えるなら、「同じ教育を受けることで、すべての人間が同じ程度の人的資本を獲得できるのだろうか?」、あるいは「仮に人間の学習速度や効率がどの地域でも同じようなものであるとするなら、なぜ50年以上もの間、南北問題が解消しないのか?」といった素朴な疑問が残る。
 この点、植民地主義の残滓が残っている、などといった時代精神、あるいは地域のエトスを重視する考えもある。ここでは、そうした場当たり的、社会学的な詭弁に頼るよりも、ヒト集団の情報処理能力の違い、IQの違いによって説明する。この考え方は、後に詳述するような地球的な規模における経済成長や生活水準だけでなく、各国・地域における遺伝的に異なったヒト集団の生活水準の違いも大まかに説明する。これまでの社会学的・場当たり的な説明では、なぜ中国人が世界のどこにおいても、その立場がマジョリティ(シンガポール)になっても、あるいはマイノリティ(マレーシア、インドネシアアメリカなど)になっても一貫して成功しているのか、を理解することはできない。
 以下、本論文では、IQあるいは認知能力の違いがGDPの違いになっているという説明を展開するが、同じように生物学的な違いでは会っても、IQではなく、遺伝的な多様性によって経済成長を説明しようとする試みもある(Ashraf & Galor, 2013)。こうした分析も興味深いが、ここでは立ち入ることはせず、異なった次元の説明であると指摘するに留める。またSpolaore and Wacziarg (2009, 2013) では遺伝的距離が、経済発展の伝播スピードを決定していると論じている。彼らは、遺伝距離の違いは経済的・文化的な背景を決定すると論じているが、そもそも、そうした遺伝的な距離自体がここで言うIQなのである。

1.2 人的資本としてのIQ
 心理学の分野には、各人の認知能力の違いを測る知能指数IQ(intelligent quotient)の理論がある。IQは最初期、各個人の精神的な発達の遅滞、あるいは成熟度を測るものとして作られたが、現在では抽象的な論理操作や概念の把握能力を測ることで、現実社会における問題解決能力の指標としようという目的を持っている。現代の代表的な知能検査にはスタンフォード・ビネー検査、ウェクスラー成人知能検査WAIS(Wechsler Adult Intelligent Scale), Raven Progressive Matrices, Colored Progressive Matricesなどがある。
 1916年にスタンフォード大学のルイス・ターマンによって、ビネー式IQテストが改良され、スタンフォード・ビネー検査が作られた。その後、この検査は世界中に広がり、各地で知的な能力を計測され、報告されてきた。IQ検査ではイギリス白人の平均を100とし、その標準偏差を15とする、いわゆるグリニッジIQが使われてきたため、ここでもこの指数化を使用する。
初期の検査項目には、ヨーロッパの固有文化に依存的な質問もあったが、現代の多くのテストは言語をまったく使わないことで、文字の読み書きへの慣れから生じるバイアスをできるだけ小さくしている(Raven’s Progressive Matrices; Catell culture free test; Colored Progressive Matrices; Goodenough draw a man test)。また、例えばWAISでは、被験者は検査者に対して口頭で受け答えをし、目前でパズルを解く必要があるなど、IQテストはいわゆるペーパーテストに尽きるものではない。
 認知能力を測るためのIQテストスコアは、もっと単純な検査機を使った、単なる光への反応テストとも0.5程度の相関がある(Kranzler and Jensen 1989; Jensen 1998)ことからは、神経回路の情報処理効率によって基礎づけられていると考えられる必要がある。同じように、IQはCTやMRIなどの撮像機器を使って計測した脳容量とも0.3-0.4の相関がある(McDaniel 2005; Rushton & Ankney 2009)。この事実そのものが興味深いのは、「脳容量と知能は無関係である」という俗説を明確に否定しているからである(Gould 1981)。しかしまた、逆に言うなら、IQは脳容量だけによって規定されているわけではなく、おそらくはニューロンの性能にも依存している。それは、デンドライトやシナプスの成長効率などから帰結される記憶能力の違い、認知能力の違いだろうと考えられる。これは、ユダヤ人の高い知能が、過去1500年間にニューロン機能の遺伝的な改善が生じた結果だという証拠とも整合する(Cochran & Harpending 2005)。
 Rushton and Ankney (2009)は、これまでのIQと脳容量データをメタ分析した結果、ヨーロッパ人を平均100、標準偏差15とすると、東アジア人の平均は107、アフリカでは85、脳容量については東アジア人1448立方センチ(重量1351グラム)、ヨーロッパ人1408立方センチ(1336グラム)、アフリカ人1334立方cm(1286 グラム)であると報告している。当然ながら、この報告以前のBeals et al. (1984) やSmith and Beals (1990) でも、ほとんど結論は同じである。脳容量と重量を見ると、東アジア人とヨーロッパ人との違いは容量2.8%、重量1.1%であり、平均の2%がIQスコアの5-7に対応すると考えると、ヨーロッパ人とアフリカ人の脳容量・重量の5.3%、3.6%、平均して4.5%の違いは、IQスコアでは11-15程度の違いに換算される。この違いは、アジア人とヨーロッパ人の違いに比べて、ヨーロッパ人とアフリカ人の違いは2倍を越えるという、これまでのIQ研究や学力調査ともある程度整合している(Herrnstein & Murray 1995; Jensen 1998)。認知能力は前頭葉灰白質量と高度に相関している(Wilke et al. 2003)。脳容量自体も過去500万年に3倍にもなっているが、これがヒトの進化において最も顕著な形態変化である。こうした違いはニューロンの増加をトランジスタ数と考え、その増加にとなって性能が上昇することを考えるとわかりやすいかもしれない。
 1940年から1990年までに多くのIQ研究が、また1980年代以降は後述するような国際学力調査が広く実施されてきた(ex. PISA, TIMSS, IEA, IAEP)。これらの国際比較研究の蓄積を受けて、Lynn and Vanhanen(以下LVと略)は、全世界から報告された過去80年間のIQ報告論文を、国・地域単位でデータベース化した(Lynn & Vanhanen 2002; Lynn & Vanhanen 2006)。2002年のデータは論文ごとの平均値を使っているが、2006年のデータではメジアンを使っているため、大きく偏った報告からの影響が小さくなっている。以下にLV(2006)による世界IQ地図を再掲する(Figure1.2)。


これ以降、IQと言う言葉によって、国民の平均IQを示すことにする。LV(2006)によれば、地域集団の平均IQは、一人当たり所得、成長率にとどまらず、福祉生活水準(Human Development Index)や民主主義の定着度など、数多くの社会指標と密接に関連している。そしてこれは、後に詳述するように、IQから社会生活水準への因果関係を意味しており、その反対である可能性はほとんどない。
これまで社会的、経済的な制度や状況は、歴史的、環境要因によってのみ決定され、遺伝的な基礎づけを持つようなヒト集団の資質とは無関係であるという「暗黙の」前提が存在した(Boaz 1911; Gould 1981)。これまでは疑いなく、文化人類学社会学、心理学、経済学、政治学などではこうした前提に基づいて議論がなされてきたが、LVによる研究はこうした社会科学の前提を否定している。
当然のように、LVによるIQの世界分布の推定には十分な根拠がないという批判は、ここ10年の間一貫して存在してきた(Barnett & Williams, 2004; Hunt & Sternberg, 2006; Wichert et al. 2010)。しかし、その後の実証例はすべて、LVのIQ推定の正確さを裏付けている。例えば、Lynn and Meisenberg (2010)では、OECDの教育比較プログラムであるPISAおよびボストン・カレッジによる数学の国際教育比較プログラムTIMSSを使って、国際的な学力達成度指数EA(educational attainment)を算定した。108地域におけるEAおよびIQは相関係数0.907であり、テスト再テストの再現性・信頼性を考慮すると完全に一致している。またこの論文では、サハラ以南のIQ推定に関して、高校以上の選抜サンプルではなく、学校に行かない、あるいは16歳までに学校を離れる学生を含んだ標準サンプルを使った場合、LV(2006)による70という数値がもっとも適当であることを再確認している。
また一般的な標準学力テストと一般知能因子 g との相関については多くの研究がある。OECDPISAについてはRindermann (2007)がIQテストとの間に0.85-0.86、アメリカのSATについてもFrey and Detterman (2004) がAFQTとの間に0.82の相関を見出している。
 実際にLV以前の経済学研究においても指摘されていたのは、平均教育年数という名目的変数よりも、平均学力という実質的能力についての変数のほうが重要であるという観察である。例えば、Hanushek and Kimko (2000)は6つの国際学力達成度の指標を使うことによって、各国の成長率の大きな部分が説明されること示した(IEA: International Association for the Evaluation of Educational Achievement, IAEP: International Assessment of Educational Progress)。同じく、Hanushek and Woessmann (2007; 2008)は、単なる教育機関での学習よりも、その達成度のほうが重要であることが示されている。例えば、Hanushek and Woessmann (2008)では、一人あたりGDPを平均教育年数に回帰しても分散の25%程度しか説明できないが、PISAのテストスコアを入れた場合、72%を越えることが報告されている。
 また、Altonji and Pierret (2001)は、NLSY(National Longitudinal Study of Youth)のデータを使って、長期的には、認知能力(AFQT)の方が教育年数よりも大きな影響を持つことを示した。彼らの分析によると、働き始める時点では教育年数は1年あたり12%のリターンをもたらすが、その効果は13年後にはその効果は認知能力に完全に取って代わられ、AFQTスコアの1sdあたり13%、すなわち1ポイントあたり0.82%のリターンが生じている(Figure2.1)。


Table 2.1 Returns to Observed Educational Quantitiy and Unobserved Educational Quality over the Work Life


 彼らによると、この表が意味することは、雇用の時点では、雇用者側からは教育年数が労働者の質を推し量る唯一の指標であるのに対して、年数が経つと、次第に労働者の属性である知的な能力が顕在化し、賃金をして表れるのだという。これは、教育年数や教育内容よりも、一般知能因子 g (Jensen 1998)の方が労働生産性には大きな影響を持っているという産業心理学の知見と整合的である。

1.3 認知能力(cognitive ability, cognitive skill)
経済学の研究と、心理学からの研究の違いは、経済学が認知能力 cognitive ability, cognitive skill という言葉を使うのに対して、心理学では、IQという言葉をダイレクトに使っていることである。端的に言えば、本来は無意味であるはずの学統の違いが、現在の異なった研究の伝統と用語法の原因なのである。IQという用語には、生得的であり、環境や教育では変化しないという語感を伴っている。これに対して、認知能力という概念は、環境や教育によって改善が可能であるという響きがあることが、経済学で認知能力という用語とともに、政策的な提言を常に強調してきたのである。
しかし、実際には認知能力の指標として使われている、PISA, TIMSS, PIRLSなどの国際学力比較の結果は、IQスコアとほとんど完全に相関している(Rindermann 2007)。アメリカでの大学入試に使われる標準テストであるSATもまた、AFQTなどのIQテストと0.82を越える相関がある(Frey and Detterman, 2004)。こうした研究を前提にすると、LVによるIQデータは世界各地のヒト集団の認知能力の格差をほぼ正確に反映していると考えられる。
 なおOECDは毎回のPISAの結果について多くを公表している。例えば最新の2009、2012年の結果についても、成績順に国名と数字が並んでいる一覧要約Survey summery (OECD 2010, 2013)を一見しただけでIQとの強い相関を見ることができる。
ここでは統計的な確認として、OECDの行なってきたPISAのテストスコアとLVによるIQの相関を示す。PISAは、先進国クラブとも呼ばれるOECDが行なってきたと調査であるいう経緯から、2000年の開始当初は30カ国、地域しか受けていなかった。しかし、次第に国際競争力や、学力のもつ普遍的な到達度の重要性の観点からテストに参加する国は増え、2012年までには66の国・地域で実施された。ここでは、翻訳によるバラつきが存在するだろう言語的(verbal)な理解に比べて、より普遍的であると考えられるPISAの数学のスコアと、LV(2006) およびLynn and Meisenberg (2012)の各国の現地住民のIQスコアとの相関を計算した(Table 1.1)。


Table 1.1. Correlations among IQ estimates, 2009 PISA math, and average PISA math scores

IQ ave2000-9 PISA2009math
IQ 1
ave2000-12 0.879 1
PISA2012math 0.897 0.985 1

N=66,

数学のスコアについては、国・地域によって受けた回数が異なる場合があるが、その場合、その平均を使った。2000年から2012年までの5回のスコアの平均値と、IQとの相関係数は0.879である。なお2009年のPISAスコアにはインド(比較的に先進地である2州の平均値)が入っている。またPISAは受けているがLVデータセットには含まれていないカタールのIQについては、地理的に近接する湾岸地域であり、歴史も同時に共有する地域であるドバイと同じであるとして計算した。0.9程度の相関は、一般的なIQテストのテスト再テストの相関と同じ値であり、LVによるIQ推定は、PISAによっても正確で信頼性が高いことを表している。
このことは同時に、今後は各種のIQテストに代わって、PISAのような標準テストがIQを測るために用いられるだろうことも意味している。人びとはIQという言葉に生得的で非可塑的な響きを感じる反面、学力到達度、達成度という言葉には、多様な教育方法や個人的な努力によって改善が可能であると感じる。また統一学力テストの内容は現代科学の基礎として不可欠であるため、学力到達度の普遍的なテストは今後も世界的に普及してゆくことは間違いない半面、純粋に論理能力や短期記憶能力などを計測するだけのIQテストには、そうした政策的な必要性が存在しないからである。

2. IQがGDPに与える影響
 この章では、IQがGDPに与えている長期的な影響を、現在の一人あたりGDPと過去50年の経済成長率について検証する。

2.1 所得がIQに決定される単純回帰モデル
 さて、こうしたIQと生活水準の関係についての報告の結果は一貫しており、非常にRobustである。Jones and Schneider (2006) は説明変数にIQ以外の18の考えられる変数を使った場合、その455通りすべての回帰分析において、IQは1%レベルでの有意性を維持していることを報告している。それらの変数はSala-i-Martin, Doppelhofer, and Miller (2004) のベイズ推定モデルにおいて有意であったすべての変数であり、最も有意性の高かった1960年時点での一人あたりGDP、1960年の初等教育、投資用資材価格から、最も低い地域ダミー、貿易の自由化からの経年数、民族的・言語的な分断化、などを含む。
しかし、そもそも、経済学者がIQとは独立した外生変数として扱うこうした多様な変数は、むしろIQから派生する内生変数だと考えるほうがはるかに自然である。後に詳述するように、過去の所得水準や初等教育、効率的な市場などは、明らかにIQから強い影響を受けているため、それらを同時に説明変数に入れれば、多重共線性のためにIQの有意性が下がってしまう。
よって、以下ではむしろ説明変数に説明変数をIQ値のみを使い、被説明変数として2010年の一人あたり実質GDP: Log GDP per capitaについて、181カ国・地域について検定した。GDP値については2012年のPenn World Table version 7.1 (以下 PWT7.1 (2012))を使用しているが、世界銀行の推定値を使った場合でも、あるいはOECDによる推計値でも、ほぼ完全に同じ結果を得た。また、これらの地域の人口は67億人を超えており、2010年の世界人口70億人の約96%を包含している。なおIQスコアは、LV(2006)からさらに進んで、PISA及びTIMSSの結果を使って補完・補正された、Lynn and Meisenberg (2010)によって修正された。ここでの結果はLynn and Vanhanen (2012) の189カ国・地域の一覧表からとったものであり、結果は以下のようである(Table 2.1)。

Table 2.1 Regression of Log per capita GDP on national IQ scores

Explanatory variable estimate (significance)
Intercept 0.833
National IQ 0.0953(p=3.15E-36)

Adjusted R-squared=0.765, n=181,

この結果は、集団のIQが1ポイント上がるごとに、一人あたり実質所得は9.5%程度上昇することを意味しており、2006年の時点で、より少ないサンプル数を使ったJones (2011)の推定である6−7%に基本的には整合している。またアフリカ・ヨーロッパ間の集団間IQが2sd=30ポイント異なっていると考えると、その実質GDPの差は約15倍程度であると推計されることになるが、これも実態をよく反映している。
 ところで、このR2乗の値である0.76という数値は、経済学ではまれにしか見られないほど高い。これが意味しているのは、IQは経済と無関係ではあり得ないし、おそらくIQがGDPの最大かつ主要な決定因子であるということである。
 IQによって76%のGDP分散が説明されるとして、残りはどのようなものがあるのだろうか?アウトライヤーの国を見ると、まず旧社会主義諸国があげられる。ロシア、中国、ヴェトナム、インド、ハンガリールーマニアベラルーシウクライナポーランドなどの国ぐには、IQから予想されるよりもはるかに貧しい。これは、ロシアに端を発した世界的な社会主義の流行によること自体には疑いの余地はない。これは、IQとは独立した、外生的な歴史的偶然だと考えるべきだろう。
社会主義は、基本的に自由な経済活動を認めず、主要な産業を国有化し、アントレプレナーシップを抑圧してきた。こうした19世紀から続く反市場主義は、社会主義圏崩壊から20年以上たった現在でも、大きな負の遺産を残している。あるいは現在のもっとも裕福な西欧社会においても、反自由貿易、反市場主義は途上国を中心に広く支持され続けているという現実がある。翻って考えれば、自由貿易の利点を理解するためには経済の仕組みを理解するための高いIQが必要であり、これに対して、他国を信頼せず、商業活動を卑しむという反市場主義のほうは、論理を介することなく、はるかに直感的に理解が可能である。これが、現在でも多くの途上国の発展を、個人のIQという能力を越えて、国家制度的に阻害しているのである。
 反対に、顕著な正のアウトライヤーとしては、クエート、カタールサウジアラビアブルネイアラブ首長国連邦などの石油資源国がある。石油資源は明らかに人的資本、あるいは国民の社会的な状況とは無関係に配分されている。しかし、この状況すらも、人間の技術がより進歩したおかげで、世界各国でシェールガスやオイルが生産可能となりつつあることからは、将来的には、これらの石油資源に依存した国々は次第に平均に回帰してゆくことが予想される。
 また、ダイヤモンドを中心とした資源によってボツワナが、あるいは観光によってバルバドスなども、そのIQから予測されるよりも大きな所得を得ている。
最後に、ルクセンブルクケイマン諸島などの国際租税回避地は発達した金融業から、またカジノ産業が合法化されているマカオも、予測よりも多くの所得を得ている。やや弱い意味では、金融課税の存在しない香港やシンガポールこうした法律上の特例からの利益を得ているかもしれない。
これら以外には、ほとんど見るべき例外がないのは、特筆に値する。IQという人的な能力以外には、GDPを高めるための魔法の杖は存在しない。歴史的に見れば、ごく当たり前の事実だと言えるかもしれないが、国連のミレニアムプロジェクトを始め、過去すべての経済学者によるIQを無視した制度的な試みが失敗してきたことには反省が必要である。
 なお、一人あたり平均所得については、一貫して、購買力平価(ドル単位)の一人あたりGDPの対数値を用いている。これには、所得分布を対数変換すると標準分布に近づくという現実的な理由もある。 また同時に、回帰分析の結果を見る際に、各説明変数の係数が所得に与えるパーセント変化として解釈できるという分析上の理由もある。当然ながら、なぜ所得分布が実際に、こうした形でfat-tailなのかの理由については多くの異なった見解が存在する。おそらく人間社会や組織の命令系統のピラミッド的な構造や、あるいは発明や発見のもつ他者への影響が指数分布をしているからではないだろうか。多くの組織では階層構造が存在し、上位者の決定は下位者の労働生産性に影響を与える。つまり、上位者の所得は下位者の労働生産性の向上(低下)をある程度組み込んだものになりため、指数的な影響をあたえることになるだろう。同じ事は、発明や発見についても言える。多くの重要な発明は、生産プロセスやあるいは他の製品に組み込まれることによって、指数的に大きな影響を与える。とすれば、発明に伴う所得もまたそうした分布を形成することは自然なのだろう。純粋に統計的にはガンマ分布(Salem & Mount, 1974)、あるいはWeibull関数(Singh & Maddala, 2008)の方が当てはまりは良いようだが、その基底となる構造的な理由は判然とせず、かつ簡易でもあるため、ここでは対数を使用する。

2.2 成長率とIQ
 LV(2006)では、各地のIQと経済成長率もまた強く相関していると報告されている。例えば、世界銀行による1950年から2001年までの経済成長率の報告(WDI, 2004)を使うと、そのドルベースで見た各国の経済成長率とIQとの相関は0.747にも及ぶ。またOECDは、経済史学者Angus Maddisonの協力によって、1500年からの世界各地の生活水準をデータベース化している(Maddison, 2003)。この1500−2000年の成長率のデータを使って、コロンブス以前からの歴史的なスケールで見ても、各地域のIQと成長率には0.709という高い相関がある。
これらのLVによる相関の分析では、経済学で行われているような、学校環境その他の環境要因がコントロールされていない。しかし、Weede and Kampf(2002)では、各地の学校組織や平均所得などの違いをコントロールした後でも、IQは有意な意義を持つと結論づけている。同じようにJones and Schneider (2006)では、スタンダードなマクロ成長モデル(i.e., Sala-i-Marin et al. 2004)で使われることが多い諸変数を組み込んだ1450種類以上の回帰分析のすべてにおいて、IQは0.1%水準の有意性を持つことを示し、経済学者への説得を試みた。彼らはまた、IQポイントと成長率の関係について、より数量的、定量的な研究も行い、1IQポイントは0.1%の成長率の違いを生み出し、長期的には6%の生活水準の違いが生じると結論づけている。
 ここで経済学的には、以下の点に注意する必要がある。もし仮に、集団の平均IQが異なり、それが経済成長率の違いをもたらすとするなら、長期的な一人あたり所得の差は無限に広がってゆくことになる。あるいはこれは真実となるかもしれない。しかし、従来の経済学では、こうした無限に広がるギャップを仮定するよりも、むしろ定常状態が存在することを仮定し、そこでの違いを比較するというのが定石である。例えばもっとも多用されてきたSolow (1956)タイプのモデルでは、大きな所得格差がある場合、低所得の地域の低賃金が設備投資を誘発するため、キャッチアップ効果があらわれて、次第に格差は解消する。IQが成長率の違いを生み出しても、一人当たり所得があまりに大きくなると、そのギャップはそれ以上に縮まる傾向を持つことになるからである。この仮定から、Jones and Schneider(2006) では定常状態の存在を仮定し、そこでは一人当たり所得の差は、1IQ ポイントあたり6%となると推定しているのである。こうした定常状態などの仮定はBarro and Sala-i-Martin (1992, 2004)などの最近の経済学モデルでも使われているが、「審美的だが現実を記述しない経済学」の典型であろう(White 2011)。
翻って、現実の世界はどうなっているだろうか? 世界各地の一人あたり所得の違いは、定常状態に向かっている、あるいは定常状態を迎えていると見ることができるのだろうか? あるいは成長率の差が積み重なることで、一方的に格差は開いているのだろうか?  
前者を支える要素としては、先進国から中国、タイ、インドネシアベトナムバングラデシュなどのアジア各国への工場設備の海外移転などがある。これによって、アジア地域は少なくともOECDに加盟しているような先進国よりも高い経済成長を実現している。この点を重視すると、世界の所得は戦後まもなくよりも均等化してきていると思われる。
反対に後者を支持する社会現象としては、ルワンダコンゴ共和国、あるいはアフガニスタンイラクなどで見られる内戦状態がある。内乱などの政治的不安定に陥った地域では、生活水準はほぼ完全に停滞している結果、先進地域との所得、生活水準の格差は一方的に拡大し続けている。
おそらく平等主義的な倫理観から望ましいのは、もちろん前者のような格差の収束や、あるいは最終的な解消であるが、以下の経済成長率の分析からは、むしろ格差が一方的に拡大してゆく可能性が示唆される。実際に、以下にデータを見てみよう。

2.3 過去半世紀の成長率とIQ
ここでは、過去50年間の経済成長率とIQとの関係を見るため、同じくPWT7.1(2010)を使って、50年前の所得が推定されている101カ国について調べた。2010年時点での、これらの国々は55億人、世界人口の約80%を占めている。まず1960年から2010年までの一人あたり実質GDPの成長率を計算し、この値をIQに回帰した結果、以下の推定を得た(Table 2.3)。

Table 2.3 Regression of per capita growth rate on national IQ scores

Explanatory variable estimates (significance)
Intercept  -43.328 
National IQ 0.7474 (p=2.58E-07)

Adjusted R-square=0.228, n-101,

説明力は0.23程度であり、それほど高くはないが、少なくとも50年間の成長率が地域集団の平均IQによって大きな影響を受けていることがわかる。この予測式のIQポイントに70を入れ、切片である43.328を引くと、サハラ以南のアフリカでの実質成長率が過去50年間で8.99倍であり、1年あたり4.49%であったことがわかる。その一方、ヨーロッパの成長率については、100を代入して50年間で31.4倍、1年当たり7.14%を得る。これらの数値の差は、南北問題が戦後一貫して拡大してきた実態を反映している。
 先に先進国とアフリカ諸国との生活水準の違いは、現在およそ15倍であると推計した。ここでの成長率の分析によって、過去半世紀の間に南北間の生活水準の格差は縮まっているのではなく、3倍以上拡大して来たことが理解できる。念のため、1960年時点での世界の所得をIQに回帰すると、その係数として0.0625をえた。これはつまり、1960年の当時すでに1IQポイントごとに6.25%の所得格差が存在していたことを表している。その後、50年後の2010年には、この値は9.5%にまで拡大した。
20世紀の後半以降、高等教育の普及と科学技術の進歩と行動化によって、IQはますます経済活動における重要度を増している。それに応じて現代社会での生産活動も複雑化、高度化し、その結果、生活水準の格差はこの半世紀一貫して広がり続けているといえるだろう。

2.4 経済成長のエンジンと平均値、最高度の達成割合
 経済成長がIQあるいは学力達成度と関係しているのは明らかだとしても、どの程度のIQがあることが重要なのかは、依然として問題である。言い換えれば、IQの平均値が重要なのか、あるいは科学者集団のような最高度の知性を持つクラスターの貢献がより大きいのか、ということになる。トヨタカイゼン運動を見れば、むしろ平均値を構成するような人びとの日夜の小さな努力の集積が経済成長のエンジンであるとも考えられる。反対に、原子核物理学の発展による原子力発電がはるかに重要なのであれば、学力の達成度の最も高い人びとの割合などが大きな意味を持つことになろう。
 Hanushek and Woessmann (2008) では、2003年のPISAテストのスコアによって、1960年から2000年までの経済成長率を回帰分析した。その際、テストスコア400点以上の割合(OECD平均から1sd下の点数以上、約84%程度)と、600点以上(1sd上の点数以上、約16%程度)の割合を説明変数に加えることで、それぞれの貢献度を計測した(Table 2.4)。

Table 2.4 Regression of growth rates on different IQ segments

Explanatory variable estimate (t-statistics)
400点以上の割合 2.732(t=3.61) 
600点以上の割合 12.880(t=4.35)


これを見ると、明らかに高いIQ割合の貢献度がはるかに大きいことが理解できる。
またRindermann et al. (2009)では、GDP、特許取得率、ノーベル賞数、科学者数、エイズ、殺人率を非説明変数として、PISA, TIMSS, PIRLS などの学力達成度の平均値、上位5th percentile の値、国内のIQ125以上の能力値の3つに回帰した。比較は90カ国を超えている。その結果、平均値よりも、上位5th percentileの値や国内のIQ125以上の割合の方が重要であることを報告されている。


3. 集団内でのIQに対するリターン 
 以上、見てきたように、集団の平均IQの違いは大きな生活水準の違いをもたらしている。その違いは、本論文での最も単純な推定では1IQポイントあたり9.5%、またJones and Schneider (2006) のベイズ推定でも8%を超えている。これの比べると、集団内のIQの違いがもたらす所得格差ははるかに小さい。
以下に世界に数多く存在する多民族国家における、IQからのリターンを、民族内、民族間、さらには遺伝勾配レベルで推計する。整理された資料の存在するアメリカ、ブラジル、マレーシア、シンガポールニュージーランド、イタリア、スペイン、日本、南アフリカを検討しよう。

(ア) アメリ
 アメリカ社会において、IQの違いがもたらす所得格差についての古典的な研究として、Jencks (1972) がある。彼は25−65才のヨーロッパ系アメリカ人におけるIQのリターンは3.1%であると推定している。
より新しい(1993年)のデータを使った推定として、Murray (1998)の研究がある。彼はNLSY(National Longitudinal Study of Youth)を使い、1957−64年生まれのコーホートのうち、同じ両親と家庭に育った兄弟が異なるIQ を保つ場合のデータを使い、集団内のIQによる所得格差を論じている。以下、1993年(30代前半)にどの程度の所得を得ているかを表にしたが、最初の2列には、Murrayに報告されたカテゴリーとメジアン家計所得を写し、さらに続く2列には著者が、平均IQスコアと平均(IQ100)からの1IQポイントごとのリターン率を加えた(Table 3.1.1)。

Table 3.1.1 Income returns for IQ points in the U.S.

Category Income (dollars) IQ Return per IQ point
Very Bright (90+ centile) 55,700 125 1.3%
Bright (75-89th) 48,470 114 1.3%
Normal (25th-74th) 40,200 100
Dull (10th-24th) 29,830 86 2.2%
Very Dull (less than 10th) 19,100 75 3.1%

IQが下がるに従ってリターンはむしろ大きくなっているようである。最下位と最上位だけを使って、50ポイント分のリターン率を計算すると、2.16%の値を得た。おそらくこの値が、少なくともアメリカ国内でのIQリターンの推定としてもっとも適切なものだと考えられる。この1993年のデータに加え、さらに1995年に追加されたデータも加えたMurray (2002) で同じ計算をしたところ、年齢が進んだためか、この値は2.3%であった。
これらの値は30代の初めという、比較的若い年齢での推定であるため、ライフサイクルにおける最大稼得年齢である50代には、あるいはもっと大きいな値になるはずであり、これがJencksの3.1%につながっているのかもしれない。これに対して、Zax and Rees (2002)では、ウィスコンシンでの10000をこえるサンプルから、35才時点で0.75%、53才時点で1.4%のリターンを計測している。ウィスコンシン州は、歴史的にドイツやポーランドスカンジナビアからの移民によって構成されてきたため、同質性の高い白人社会を構成している。
同じくMulligan (1999)では、NLSYサンプルに計測されたAFQTを使って1ポイントあたり0.7%、Murrane et al. (2000)では男性で1%、女性で0.67%、Lazear (2003)では0.8%と推定されている。これらの推計は比較的一貫して低い値をとっている。IQ以外の数多くの変数を説明変数として多重回帰分析すると、総じてIQの寄与度は低下する。 
以上は、アメリカ国内での人種別ではない、IQのリターンである。しかし多民族国家であるアメリカで、これまで詳しく報告されて来たのは、ヨーロッパ系とアフリカ系、さらに最近ではヒスパニック系との所得格差である。以下、家計所得のメジアンはUS Census Bureau of Statistics (2005)より、また白人、ヒスパニック、黒人のIQはこれまでのアメリカでの研究の大規模なメタ分析をしているRoth et al. (2001)から、アジア系についてはLynn(2008)にしたがって105とした。最後の列に白人との所得格差をIQポイントのみで説明した場合、1IQ ポイントあたり何%の所得格差となるのか、を示した(Table 3.1.2)。


Table 3.1.2 Income returns for IQ points by racial category

Ethnicity Income (dollars) IQ Return per IQ point
Asians 76,741 105 3.2%
White 65,317 100
Hispanic 45,871 89.2 3.3%
Black 40,685 83.5 2.9%

 アジア人の移民は通常、学歴が高い特殊なグループである。これとは異なり、メキシコやキューバなどから英語を話せない移民が現在も流入し続けている。英語を話せないヒスパニックは清掃などの単純作業を職業とすることが多いため、アメリカで生まれている黒人と比べての白人との差が大きくなっているのだろう。
 しかし、ここで注目してほしいのは、IQギャップと所得がほとんど完全に1IQポイント=3%の所得格差として、非常に整合していることである。国レベルでの制度が一定の場合、IQは3%の所得格差になってあらわれている。
 私はこの3%という数字が真実に近いのではないかと感じているが、あるいは白人や黒人の内部では1%程度のリターンに留まるということもあるかもしれない。
集団遺伝学の視点からすれば、遺伝的に比較的隔離されてきた集団では、IQ以外の特性がIQとともに発現しているはずである。もし白人の間ではIQのリターンが本当に1%程度であるとすれば、純粋なIQの稼得能力への貢献は1%であり、残りの2%は人種差別などの純粋に社会的な要因かもしれないし、あるいは忍耐力や勤勉、真面目さなどの人格、あるいは身長、容姿などといったIQと並行して集団に遺伝的に高頻度で見られるような、行動科学的な性向に由来しているのかもしれない。
なお、白人・黒人間のギャップは過去30年以上ほとんど変わっていないが、ヒスパニックの流入にともなって、黒人所得はやや低下し、またアジア人はゆっくりと上昇してきた。これはアジア人移民、特に中国系が第2世代目以降に入り、英語教育を受けるようになったためだと言われることが多いようである。

3.2 ブラジル
ブラジルはコロンブス以前からのインディオに加えてヨーロッパ人、さらにヨーロッパ人が炭鉱労働やプランテーションのために連れてきたアフリカ人からなる多民族国家である。また20世紀には日本人や中国人も移民している。
Gradin (2010)は、ブラジルでの所得格差について報告している。彼の論文に報告された集団のメジアン所得は政府によって公開されている(PNAD: Pesquisa Nacional por Amostra de Domicilios, 2007)。このメジアン所得と、LVによるIQ(Brazil-European, Brazil-African, Brazil-colored, China)とを合わせ、同じように分析を加えてみよう(Table 3.2)。

Table 3.2 Income returns for IQ points by racial category in Brazil

Ethnicity Income (dollars) IQ Return per IQ point
アジア人(amarelo) 9,700 105 0.6%
白人(branco) 9,120 95
アフリカ人(preto, pardo) 5,335 70 2.2%
原住民(indigena) 6,440 81 2.5%

アメリカよりもIQのリターンが小さいのは、混血が進んでいるブラジルでは人種差別がほとんど存在しないからかもしれない。あるいはもっと単純に、ブラジル社会の経済発展の度合いはアメリカよりも低いため、IQのリターンが小さいためかもしれない。

3.3 マレーシア
ヨーロッパ人ほどではないが、中国人も歴史的にアジアを中心に世界の広い地域に移民してきた。彼らの現在のパフォーマンスをマレーシアで見てみよう。マレーシアはアメリカと同じように、60%のマレー人、30%の中国人、10%のインド人の複合民族国家である。イギリスによる開発の歴史は過去150年ほどしかないので、炭鉱労働者としてやってきた中国系、またプランテーション労働者として連れて来られたインド系と、原住民であるマレー系は、あまり混血していない。この点は、ブラジルなどとは大きく異なっており、分析がしやすい。
データはマレーシアの政府によるDepartment of Statistics, Malaysiaである。2009年時点の家計全所得が載っている。IQはLynn and Vanhanen (2006)にならい、中国人105、インド人82としたが、マレーシアのIQである92は3民族によるものなので、マレー人は歴史的に同一であるインドネシア人と同じであると考え、インドネシアの推定である87とした。最後の列では、中国人を基準集団として、1IQポイント毎の所得格差を計算した(Table 3.3)。

Table 3.3 Income returns for IQ points by racial category in Malaysia

Ethnicity Income (dollars) IQ Return per IQ point
Chinese 5011 105
Indian 3999 82 1.0%
Malay 3624 87 1.8%

 マレー人よりもインド人のほうが推定IQは低いが、所得は高い。マレー人は農村で自給自足農業をしていることが多いのに対して、インド人はプランテーションという換金作物を作り続けているからだと言われている。
 それにしてもマレー経済で、中国人が多くの所得を得ていないのはなぜなのだろうか。一つには、マレーシアでは、マレー人が優先的に教育を受け、公務員になれるというマレーシア版affirmative actionが実施されているためだろう。もう一つは、マレーシアの経済は十分に組立を中心とする工業生産を主にしており、知識産業と呼べるものが発達するレベルにはなく、IQのリターンが小さいこともあるだろう。

3.4 シンガポール
 シンガポールもまた、過去200年の間にイギリスが貿易中継地として開発を進めた都市国家である。港湾労働者として中国人が多く移民し、2011年時点では74%ほどが中国系、13%がマレー系、9%がインド系である。Singapore Department of Statisticsによる2000年時点での所得を使い、同じように分析してみよう(Table 3.4)。

Table 3.4 Income returns for IQ points by racial category in Singapore

Ethnicity Income (dollars) IQ Return per IQ point
Chinese 5219 105
Indian 4556 82 0.59%
Malay 3148 87 2.8%

 シンガポール都市国家であり、インド系の多くは高い能力ゆえに移民してきた。このため、中国人に近い所得を得ているのだろう。同じように、アメリカでもインド人移民の平均所得は90000ドルを越えており、これは白人の2倍を超えている。彼らの多くがシリコンバレーAdobeInfosysなどに代表されるIT産業に従事しており、非常に選抜されたセレクトグループであることはない。同じ事が、弱い程度でシンガポールでも起こっていると考えられる。今後、世代が進むに連れて、こうした効果は薄れていくので、経緯を見る必要があるだろう。

3.5 ニュージーランド
 ニュージーランド諸島の原住民はマオリ族と呼ばれるが、その後イギリスからの移民が支配し続けてきた。週間所得のメジアンをみると(Statistics New Zealand, 2008)、やはり 15%程度の違いがある(Table 3.5)。

Table 3.5 Income returns for IQ points by racial category in New Zealand

Ethnicity Income(dollars) IQ Return per1IQ point
European 575 98
Maori 499 91 2.0%

ここでの2.0%は、同じ制度のもとでのIQリターンとして常識的なものである。

3.6 イタリア
 世界的に見て、移民の歴史によって、多民族国家が形成されるはもっともよく見られるが、イタリアのような単一民族国家だと考えられる国でも、地域によって異なったIQやあるいは勾配が実現している場合もある。Lynn (2010)は南北に伸びるイタリア半島の各州において、北に行くに従って、OECDの学力テストPISAの成績が上がり、所得が上がり、身長が上がり、乳児死亡率が低下していることを示した。北の各州はヨーロッパ人の遺伝要素が圧倒的であるのに対して、南の諸州では歴史的にイスラムの支配を受け、あるいはアルジェリアなどからの移民によって北アフリカ・中東的な遺伝的要素が大きいためだという。
 実際に、常染色体マーカーとしては、Taql, p1 2f2-8-kb対立遺伝子はレバノンでは43.7%、チュニジアでは34.1%に見られるが、南イタリアでは26.4%、北イタリアでは14.1%である(Semino et al. 1996)。Y染色体でも、Hg Eタイプは、アルジェリアで65.6%、チュニジアで55.2%に見られるが、南イタリアでは23.6%であるのに対して、北イタリアでは10.7%、さらにオランダでは0%となっている(Semino et al. 2004)。
 Lynn(2010)は、所得とIQの関係について相関関係以上の分析をおこなっていない。そこでKura (2013)は、PISAからのIQ推定値と、2003年時点での所得の対数を使って、線形回帰分析を行った(Table 3.6)。

Table 3.6 Income returns for IQ points by prefectural averages in Italy

Explanatory variable estimate (significance)
Intercept 5.214
Prefectural average IQ 0.0473 (p=4.09396E-06)

Adjusted R-squared=0.879, n = 12,

 イタリアでは1IQポイントが4.7%のリターンを生み出している。これは国家制度が同じであり、遺伝集団も同じであるというアメリカの白人(2−3%)や日本の場合とは異なり、同一制度でありながら、ある程度の遺伝子勾配を伴う場合という、中間的な場合のリターン率なのだろう (2-3% < 4.7% < 8-9%)。

3.7 スペイン
 スペインについても、イタリアと同じ南北較差がある。スペイン南部は古くは、古代フェニキア人の都市国家があり、ローマに支配されるまでの間、300年以上、カルタゴなどファにキア人の支配下にあった。古代フェニキア人は、現代のレバノン人のことである。また8世紀以降は、北アフリカから侵入してきたアラブ人によって、イベリア半島の南半分はアラブ人の支配下に入った。イスラム王国は次第に面積を縮小してゆくが、その支配は1492年にいたるまで続いた。このため、南部スペインでは、比較的中東、北アフリカ系の子孫が多い
さきほどの中近東からの常染色体マーカーとしてはTaql, p1 2f2-8-kb対立遺伝子は、南スペインでは5.9%であるのに対して、北スペインでは1.7%、フランスでは3.8%である(Semino et al. 1996)。また北アフリカ起源のY染色体Hg Eについても、南スペインでは10.0%であるのに対して、北スペインでは6.1%である(Semino et al. 2004)。
そして、イタリアとまったく同じように、この遺伝的な相違はIQの格差を伴って、乳児死亡率、失業率とも相関している(Lynn 2012)。 
ここでは、スペイン統計局National Statistics Institute による2012年の所得を、PISAスコアに回帰分析した。PISA2009のスコアはスペインの18地域のうち、15の地域について公開されているものを使った。スコアをIQに置き換えるため、reading, mathematics, science の点数を加え、OECD平均値である1500点をIQ100として、1標準偏差が300点となるので、PISAスコアの20ポイントが1IQポイントになる(Table 3.7)。

Table 3.7 Income returns for IQ points for average PISA scores in 18 regions in Spain

Explanatory variable estimate (significance)
Intercept 8.05 
Average PISA scores 0.0275 (p = 0.0072)

Adjusted R-squared=0.628, n = 15,

 ここでも、IQは2.75%のリターンとなって表れている。イタリアと同じく、スペインでも移住は容易であるため、所得の高い都市部に人口が集中しつつある中でも、こうした一貫した値が得られるのは、関係のRobustnessを表していると考えられよう。
 先に見たイタリアでは、工業都市トリノなどが北部に位置しており、南部にはほとんど工業都市が存在しない。このパターンはスペインでも同じであり、北東部のカタロニアや北中部のバスクなどは工業都市として栄えているが、南部では工業は盛んではない。より高い所得を生み出すためには、工業化が不可欠であり、それには高いIQを持つエンジニアが必要なのだろう。

3.8 日本
 日本についてもデータは存在している。Kura(2013)は、文部科学省の行っている全国学力・学習状況調査の過去400万人以上の点数を単純に総和して、平均を104、分散を15のIQにおきかえた。各県別のIQの違いがどの程度の所得格差をもたらしているかについて分析した。その方法は、一人あたり県民所得を対数化した値を、生産年齢人口比率(15−65才人口比)と、学力調査から得たIQポイントに回帰したものである(Table 3.8)。

Table 3.8 Income returns for IQ points by average achievement test scores in Japan

Explanatory variable estimate (significance)
Intercept 3.95 
Average achievement test scores 0.025 (p=0.000312)
Proportion of productive age group 0.0408 (p=2.7E-09) 
(生産年齢人口比率)

Adjusted R-squared=0.566, n = 44,

日本では、IQのリターンとして、2.5%の所得格差が生じている。日本では、学力の高い高校生の多くが、より都会の都道府県の大学、企業に向けて移住していることを考えれば、この2.5%という推計は、ほとんど下限だろう。
 次に沖縄について考えてみよう。過去の学力調査では、沖縄の平均値は戦後一貫して最低であり、県民所得も最低であることが多かった。そこで、以下に本土と沖縄の違いを使って、IQのリターンを計算してみる。
2009年の都道府県別の学力調査の結果では、全国平均が63.4であるのに対して、沖縄では53.2である(標準偏差10.84)。この9.2ポイントの差は、12.7IQポイントの違いを意味している。2009年の全国平均所得が279万円であり、沖縄の平均所得が204.5万円であることからは、日本ではおおよそ1IQポイントあたり2.5%のリターンとなっていることが計算できる。奇しくも、この数値はKura(2013)の全国推計値と一致しているが、沖縄県は生産年齢人口比率がかなり高いため、実際の労働所得の差はより大きなものとなっているはずである。おそらく3%程度をこえるリターンがあるように思われる。
 なお、沖縄は島嶼であるために、交通の便が悪くなり、産業も起こりにくく、物価も高くなってしまうという説明によって沖縄の低所得を説明するのが、これまでの常識であった。しかし、沖縄には140万人以上が住んでおり、決して小さな島ではない。当然に日本国全体としての高関税には苦しめられているはずであるが、それは本土でも同じである。産業を起こすには、起業家精神が必要なのであり、特に高度な産業の基礎となる科学技術を理解するためには、高い知性が必要なのだろう。

3.9 南アフリカアパルトヘイト
最後に、アパルトヘイトのような極限的な差別が、近年まで存在していた南アフリカについては調べてみよう。下の表は、他国よりも南アフリカに民族集団の平均家計所得ついて、政府統計局(Statistics South Africa)によるIES(Income and Expenditure Survey, 2010/11)からの統計を使った結果である(Table 3.9)。

Table 3.9 Income returns for IQ points by racial category in South Africa

Ethnicity Income (Rand) IQ return per IQ point
White 387911 100
Indian/Asian 252724 86 3.1%
African 69632 70 5.9%

南アフリカでは94年までアパルトヘイトが続き、生活空間や教育などすべてにわたって、アフリカ系とヨーロッパ系は異なる空間を占有し、同時にほとんどの経済活動は白人によって専有されてきた。最初に示したように、異なる国家間では1IQポイントの違いは9%の所得格差を生むが、南アフリカの所得格は、他の国々よりもこれに近い。国の中で、アパルトヘイトによって、民族集団が隔離された状態で生活していたことを考えれば、この白人とインド・アジア人間の3.1% や白人と黒人間の約6%という数字も了解できるだろう。
なお現在、南アフリカの国家としての存続には、ジンバブエと同じような危惧が存在する。最大でも15%に満たないヨーロッパ系の人口規模と、アフリカ系、インド系との大きな所得格差が存在するため、今も南アフリカは1つの民主主義国家としては機能しない。90年代に起こった隣国ジンバブエの白人財産の没収と追放を見ても、ヨーロッパ人が身体や財産の危険を感じるのは必然的だった。460万人程度であったヨーロッパ系は、アパルとヘイトが終わってから、すでに44万人以上が海外に移住してきた。現在も南アフリカでは、アフリカ人への大規模なaffirmative actionや、白人農民への迫害や脅迫行為が続いている(Mercer 2012) ため、現在9%程度の白人人口は南アフリカから次第に減少してゆくだろう。

3.10 IQと所得格差のまとめ
 以下に、これまでのまとめとして、各国におけるIQのもたらす所得の違いを一覧にした。アメリカのように、同じ民族内部のデータである場合、異なった民族である場合、それらを区別ししない場合もある。アメリカ以外のデータでは、主に民族別の平均所得の違いを、IQからの所得リターンとして計算している(Table 3.10)。

Table 3.10 Summary of income returns to IQ

State Authors (data sources) Samples (category) Average returns

U.S. Jencks (1972) age25-65 3.1%
Murry (1998, 2002) younger 30s 2.2-2.3%
Mulligan (1999) younger 30s 0.7%
Murrane et al. (2000) younger 30s, White 1% (male)
Younger 30s, White 0.67% (female)
Zax & Rees (2002) age 53, White 1.4%
Lazear (2003) late 30s 0.8%
US Census Bure. Stat. ethinicity 3.1%

Brazil PNAD (National Statistics) ethnicity 1.8%
Malaysia Dept. Statistics, Malaysia, ethnicity 1.4%
Singapore Singapore Dept. Statistics ethnicity 1.7%
New Zealand Statistics New Zealand, ethnicity 2.0%
Italy Lynn (2010) 12 prefectures 4.7%
Spain National Statistics Institute 19 regions 2.8%
Japan Government Statistics 47 prefectures 2.5%
South Africa Statistics South Africa ethnicity 4.5%

 アメリカのように、データが数多く存在している場合には、ある程度明らかな傾向として、同じ人種内の所得格差は、異なった人種間の格差よりも小さい。これは、社会科学の伝統によれば、人種差別であったり、社会的なラベリングであったりするのかもしれない。しかし、本書のテーマに従った解釈としては、ここでも遺伝的な要因が考えられる。
IQを変化させるような遺伝子は、各集団間における心理的な特性、例えば、忍耐強さや真面目さなどといった遺伝子の頻度の変化も、同時的に伴っているはずである。これはcold winter仮説によっても、あるいはr/K仮説によっても同じことだが、最終的により高い知能を発達させ、それを生かすためには、成長速度を下げてより多くを学習する必要がある。そして、より高い知能は、次章で説明するように、低い時間選好、我慢強さ、より有効的な行動戦略、などの行動と相関している。これらの特性が相関している理由については、単純に高い知能がそれらをもたらすと考えることも可能である。しかし、知能を決定する遺伝子とは異なった遺伝子がそうした行動を創りだしているのだが、それらの遺伝子の頻度が知能遺伝子と相関していると考えるほうが、より自然である。
 この場合、同一の人種内では、知能以外の遺伝子は、ハーディ=ワインベルグの均衡が成立しているため、比較的に均質であると考えらえる。よって、純粋に知能のもたらす所得へのリターンだけが計算されることになる。これに対して、異なった交配集団について知能の所得へのリターンを見積もる場合、各種の行動特性をもたらす遺伝子も説明変数として回帰分析をしなければならない。そうしない場合には、知能以外の心理特性をつかさどる各種の行動遺伝子からのリターンも、知能からのリターンとして計算してしまうことになり、知能の所得へのリターンが過大に推計されてしまうからのである。これが、知能から所得へのリターンの推計は、人種別に見た場合のほうが、同一人種内の個人について見た場合よりも大きくなる理由だろう。


4. 国際間の所得格差と国内の所得格差の違いの理由
このように1-3%程度というバラつきはあるが、それでも集団内のIQによる所得の格差は、集団間の格差に比べると非常に小さい。Jones(2011)が指摘しているように、この値は、ある特定の経済集団内においてIQポイントのもたらす所得格差である1-3%に比べると、3−8倍も大きいのである(Jencks 1972; Alderman et al. 1996; Zax and Rees 2002)。こうした集団間・集団内のリターンの大きな違いについては、どのような説明が可能だろうか。
 通常、経済学では、個人の所得はその限界生産物の価値に等しいと考える。1時間あたり1万円の価値を作り出す労働者は、1万円の時給を得ると考えるのである。この考えからすると、世界のどこ地域に住んでいたとしても、同じ生産能力をもつ労働者は同じ所得を得ることになる。これまでの経済理論からすれば、もしIQがおおよその生産性を表しており、工場などの資本量の蓄積が同程度であるなら、世界各地に住む同じIQの労働者は同じになるはずである。
 しかし、1IQポイントが9%もの生産性の違いをもたらすなら、それはある特定の社会内では、認知能力に応じた資源配分が1%程度の違いを生み出すに対して、集団間でのそれは最大9倍にも拡大されていることになる。明らかに、集団全体のIQの平均値を比べる場合には、経済集団の内部で個人のIQ値を比べる場合とは異なる論理が存在するはずである。つまり、個人的な生産性を越えた外部性が、巨大な規模で存在していると考えなければならない。

4.1 時間割り引き率の違い
 知能に関連して異なる心理的な資質に、時間割り引き率の違いがある。
 心理学者は、長期的な利益のために、短期的な利益を我慢する能力を時間割り引き率として、研究してきた。なお、この忍耐強さpatienceの概念を表す用語として、経済学では時間割り引き率Discount rateが使われてきている(Stroz 1956)が、心理学では主にDelay(ed), deterred gratification (Mischel et al. 1972) が使われている。
 Mischel et al. (1972) では、マシュマロを被験者である未就学児童の前に置き、検査者が帰ってくるまで食べるのを我慢できた子どもには、マシュマロを2個にすると告げて、部屋を離れる。その後、どれだけの時間子どもがマシュマロを食べるのを我慢できたのかを観察した。
 その後Shoda et al. (1990)では、この我慢した時間(分)と、被験者のSATのスコアとの相関が分析された。SATのVerbalでは5%水準、Quantitativeでは0.1%水準の有意度で、待ち時間はSATスコアと相関していた。この結果は、マシュマロを待っている時間に、子どもたちは目を覆ったり、あるいは顔を逸らしたり、関係のないことを考えようとしたりして過ごしたというMichel et al. (1972)の記述からすれば、ある種の創造性と知性が関係していることを示唆している。あるいは、Shamosh and Gray (2007) ではIQと忍耐強さに関するメタ分析によれば、IQと時間割引(DD)の間には、有意度0.1%以下の負の関係がある。彼らは、こうした関係の存在は、短期記憶の能力から生じているのだという。現在食べる、現在は待つ、食べない、将来たくさん食べる、という幾つかの状態を比較するためには、状態を想像し、比較するためにLeft Anterior PFCが活動する情報処理能力が必要であるという(Shamosh et al. 2008)。理由はどうであれ、相関関係があることには疑問はない。
 ミクロ経済学の研究としてはDohman et al. (2010) が、ドイツ人1000人以上のランダム標本を使って分析した。WAISのサブテストで測られたIQは、時間割引と負の関係を持ち、また危険回避度とは正の関係が見られた。危険回避度も低いというのは、直感的な危険よりも確率計算を優先することによると考えられる。より現実的な割引行動についても、Warner and Pleeter (2001)が報告している。アメリカ軍人は入隊時にAFQT(Armed Forces Qualification Test)と呼ばれる広く普及したIQテストを受けている。冷戦の集結に伴ってアメリカ軍は縮小され、65000人が早期退職した。彼らには退職一時金か、あるいは年金(予想利回り17%)のどちらかを選ぶ権利が与えられた。退役軍人のAFQTのスコアが高いほど、年金を選ぶ傾向が高かったのである。
 年間割り引き率についての具体的な計算は、Jones and Podemska (2010)によって試みられている。彼らはWarner and Pleeter のデータから1sdあたり0.78%、Dohman et al. のデータからは0.68%を推定し、その中間をとって0.73%程度ではないかと結論している。

4.2 物的資本の蓄積と時間割り引き率
 これらの研究は、すべて個人レベルでの認知能力が、忍耐が関係していることを示している。しかし、個人のIQと忍耐強さが関係していたとしても、それは個人としての経済的な成功を、より確かなものとするだけであり、集団として忍耐強いことが、各個人の生産性を直接に高めることにはつながらないはずである。あるいはまた、長期的な資産の形成に際して、より知的な人間のほうが、時間割り引き率が低いために貯蓄行動をとることが多く、最終的には大きな資産を持つことになるとは言えるかもしれない。しかし、「隣人が忍耐強いことが、自分の現時点での所得の向上に資している」という外部性が生じる理由ははっきりしない。
スタンダードな経済理論からすれば、忍耐強い個人はより多くの貯蓄をするため、それがより多くの設備投資につながり、生産性が上昇するということが考えられる。国際資本投資に摩擦がなく、貯蓄が内外で完全に流動的であるとすれば、この仮定も崩れることになる。しかし現実には各国、各地の利子率は大きく異なっている。IQが低い地域では貯蓄率が低く、それが高い利子率と低い労働生産性につながっている蓋然性は高い。
 集団としての時間割り引き率が異なっているとするなら、長期においては、時間割り引き率の低い集団がすべての利子所得を得ることになるだろう。通常、経済学では、こうした結論を防ぐため、マクロ経済モデルでの割り引き率は、利子率と等しく、それはどの経済においても等しい、という仮定をおいて分析を進めてきた(e.g., Blanchard and Fisher 1990)。しかしこうした非現実的な仮定の準拠は、大学に所属する経済学者以外にとって、ほとんどモデル分析の価値を損なうという逆効果を担ってきたと言えよう。
 Jones and Podemska (2010) は、IQとGDPに対する国外資産の比率、またGDPアメリカ国債保有率を調べた。高IQの国では資本労働比率が確かに高く、またGDPに対する国外資産の比率、アメリカ国債の比率も高いことが示された。IQの高さはより多くの貯蓄となって、国内の資本投資につながり、また資産として国外の資産を蓄積し、その一部としてアメリカ国債の発行を支えてきたことが示唆される。
 この事実は、日本でも高度成長期から2010年まで一貫して貿易勘定では輸出超過であり、外国の金融資産を蓄えてきたこととも一致する。この時期の日本は人口ボーナスが発生し、多くの労働者が貯蓄していたため、儒教文化説のような素朴な文化論と、あるいは経済合理性に基づくLife-cycle仮説と競合して議論された。現実には、文化論はIQを媒介としてはいたが、老後に向けての合理的貯蓄行動と合わせて、その両方の理由があったと考えられる。かつて累積的貿易黒字によって批判された日本の立場は、現在は中国が担っている。対して日本では、超高齢化が進んでいるため、Life-cycle仮説によると、貿易は赤字に転じるはずであるが、実際に2011年から大幅な赤字に陥っているのは興味深い。
 また、2010年から始まった南ヨーロッパの信用不安も、同じように解釈できる。南欧諸国は北部ヨーロッパ人よりも若干IQが低い。彼らは国債の発行によって外国の金融機関から、つまり外国人から借入を続けることで、できるだけ直近の豊かな生活を優先してきた。その結果、借り換えができなくなって、世界的な混乱を生み、それが世界不況になっている。この点、日本の政府はさらに割合の大きな1000兆円以上(対GDP比2倍以上)の累積財政赤字を抱えているが、それでも純海外資産は200兆円を超えており、世界第一位の債権国である。これが、日本の財政破綻問題は政府と国民の間の問題、究極的には債権者国民と債務者国民の国内問題ではありえても、国際的な問題とはなっていない理由なのだろう。
今後の経済学分析では、もっと行動科学的な知見を取り入れなければ説得力を持ち得ない。各国の貯蓄率のマクロ的な違いは、生物的な時間割り引き率の違いと、同時に高齢化比率など、その他の合理的な経済行動仮説の両方を使って説明される必要がある。

4.3 IQと危険回避、合理的計算
 一般に、人間が危険回避的であることは、中世から知られてきた。それがセント・ペテルブルクのパラドクスや、あるいはベルヌイによる効用関数理論、さらに期待効用仮説を生み出してきた。
 しかし翻って、アプリオリに考えてみると、なぜヒト個体が危険回避的である必要があるのかははっきりしない。進化理論が教えるのは、むしろ適応度に関して危険中立的であることであり、回避的である必然性はない。この点を説明した詳細な議論を著者は知らないが、おそらく多くの進化心理学者は、実験で得られる報酬、例えば金銭などはそのままでは適応度には比例しないと考えているように思われる。あるいは、concaveな効用関数と同じように、適応度の上昇そのものが、獲得される金銭に関してconcaveなのかもしれないが、そうした常識が心理学者や経済学者にあるわけではない。
 こうした適応度からの議論は、これまでの心理学や行動科学、社会科学では真剣になされてきていない。しかし、以下では危険回避的であることが、そのまま適応度を最適化してきたという仮定に基づいて議論を進める。
 さて、過去において適応的であった危険回避が、現代社会でも適応的であるかどうかは別の問題である。経済学の常識が教えるところでは、その反対であるはずだ。危険中立的な個人は、長期においては危険回避的な個人よりも経済的に大いに反映するはずである。実際に、IQの高さは無意味な迷信や、あるいはゲン担ぎのような不合理性、過剰な危険回避を避ける事につながってきた可能性は高い。
Putterman et al. (2010)では、IQの変化に伴う危険回避度がCRRAクラスの効用関数を前提にして計算された。その結果、被験者の危険回避度は、IQが上がるに連れて減少することが判明した。おそらく高い知的な能力は、合理的な計算によって期待値を考え、ハズレくじを引く恐怖を抑制することを可能にするのだろう。
 失敗のリスクを恐れず、合理的に判断することは、あるいは経済的な繁栄の基礎となる起業活動を支えているのかもしれない。この点、起業という行動が本質的に確率判断可能なものなのかどうか、が問題になり得る。さらに確率判断ができない状態での活動と認知能力がどう関係しているのか、については研究が存在していない。

4.4 IQと協調性
 商取引に代表される人間関係には、常に囚人のジレンマ的な要素が存在する。相手を裏切ることで、自分の短期的な利益を追求することが可能なことが多いのである。社会のあらゆる場面で、相手を信用し、また他人も自分を信用してくれるなら、取引費用は大きく低下し、かつ公共財的な側面を持つすべての豊かさが実現するだろう。
 Jones (2008)は、繰り返し囚人のジレンマゲームにおいて、高IQの被験者のほうが、協力行動を選択する頻度が高いことを示した。1959年から2003年までの報告論文のメタ分析をした結果、入学者のSATスコアの高い大学ほど、より協力的であり、それは私立や公立、あるいはゲームの繰り返し回数や、金銭支払を伴うかどうか、などにかかわらなかった。
 同じように、Putterman et al (2010)では、繰り返し公共財ゲームにおいて、高いIQの被験者ほど多くを寄付し、同時に、公共財に支出をしないプレイヤーへの懲罰ルールを確立しようとする傾向が見られた。もっと興味深い研究にはJones and Nye (2011)によるものがある。ニューヨーク市街での駐車違反は国連大使には効力がないが、そのため、多くの国からの国連大使は駐車ルールに反して、路上駐車をする。その国別の違反頻度は、母国の政治腐敗の程度と相関しているのである。さらにそれを分析したJones and Nyeの他重回帰分析によれば、違反の頻度はIQによって政治腐敗が媒介されているからであり、IQをコントロールすると、政治腐敗度は有意な意味を持たないのである。
 なお、低いIQが典型的に犯罪を誘発していることも注目に値する(Wilson & Herrnstein 1985; Herrnstein & Murray 1994)。犯罪行動は、協力し合えば互恵的であるという協調行動の視点から見ると、相手を害して自分だけが特をするというまったく正反対の行動である。詐欺などを除けば、殺人、障害、レイプなどを始めとして、すべての犯罪行動は低いIQと相関している。それが、他害的な心理特性、あるいは非協調的な心理として理解されるべきか、あるいは同時に即時の報酬を求めるという、病的に高い時間割引率として理解されるべきかについては議論があるが、どちらにしても知的な能力が下がれば下がるほど、協調行動は低減し、むしろ他害的な行為が増えるということは、上述のような経済実験だけでなく、社会データからも裏付けられている。
 協調行動については、IQとはまったく異なった研究方法として、神経経済学Neuroeocnomicsと呼ばれる分野からの、オキシトシンに関するものがある。Zak and Knack (2001) は各国の成長率と他人への信頼度が相関していることを報告している。これ自体は、上述のIQでの説明と矛盾しない。進んでZak et al. (2007)は、血中オキシトシン濃度を増加させることによって、他人への寄付が増額されることを示し、他人への信頼は経済の活性化に有効であり、オキシトシンが経済成長や豊かさに対して重要であることを示唆した。
オキシトシンは体内の塩分濃度の調整に関わるヴァソプレッシンと似た構造の物質であるが、ヒトの出産に際してされる産出ホルモンであり、ホ乳類においては子どもやパートナーとの愛着を形成するカギとなっていると目されている。この研究は、もともとはツガイ形成に関して、ハタネズミのオキシトシン受容体が重要な役割を果たしていることから注目を集めてきた(Insel & Shapiro 1992)。さらにレセプター形成遺伝子をノックアウトしたハタネズミでは、ツガイ形成は行われなくなった。こうした研究を前提とすれば、ヒトの配偶者への愛着行動もまた、オキシトシン血中濃度によって規定されていると考えるのは極めて自然な仮説である。現在、この研究はスウェーデンの研究ではヒトに適応され、大きな成果を収めている(Walum et al. 2008)。オキシトシン受容体遺伝子AVPR1Aには3つの多型が存在し、334型はオキシトシンの受容体の発現を減らす。そして334型の対立遺伝子型を持つ男性は、パートナーからの評価において、より軋轢のある関係だというのである。この例では、オキシトシンは愛着形成にのみ関係していると考えられているが、将来的には、オキシトシン受容体や濃度と信頼、協調などの経済行動との関係も研究する価値があるだろう。
集団としての遺伝子プールの大きな違いは、IQや信頼度の大きな違いを生み出し、最終的には、以下に述べるような「法の支配」や民主主義ルールの確立と合意といった、はるかに強制力の強い国家制度的な相違をも生み出していると考えられる。


5. 制度的要因
 これまでに検討した要因は、社会的なものではあっても、国家という枠組みによるものではない。例えば、信頼感の醸成というのは国家のあり方とはあまり関係がない。しかし、人間社会の多くの側面が国家制度によって規定されているため、国家制度とそこから直接に派生する状況は、経済に対して大きな影響を与える。以下、そうした要因を検討しよう。

5.1 規制とレントシーキング
 よくアフリカ諸国の停滞の原因としてあげられるものに、多すぎる規制という問題がある(Collier 2007; Acemoglu & Robinson 2012)。一つ一つの役所がある種の権益を担っていて、多くの有料の許可をとらなければビジネスを始めることができない仕組みになっているというのである。これは、公官庁に勤務する公務員が、その裁量権による金銭的な対価を得るなど、国家機関そのものがレントシーキングを行なっている典型例である。同じ事例として、中国やベトナムなどの共産主義諸国における、ビジネスの起業許可に対して賄賂を要求する官僚の腐敗がある。
 官僚による裁量権を通じたレントシーキングは、あらゆる国で行われているにもかかわらず、そのレベルには大きな格差が存在している。上述のJones and Nye (2011)は、IQと官僚の実直さが相関していることを示している。その理由の一つには上述したような、社会内の他人への信頼の欠如も存在しているだろう。あるいは、社会を発展させようという公共的、長期的な目的に変えて、賄賂を受け取るという個人的短期的な利益を受け取りたいという時間選好の問題もあるに違いない。どちらにしても、低い平均IQの国では政治家や官僚による広範なレントシーキングが発生するため、経済効率は低下し、成長もほとんど実現していない可能性がある

5.2 自由貿易制度
 旧社会主義諸国に見られるように、自由貿易制度は国民経済を豊かにする、あるいは国内産業を保護すればするほどに、社会主義的な経済となり、貧しくなっている。むろん、理論的にも、教科書のリカードの比較生産費仮説から始まるように、自由で自発的な財の交換は当事者を必ず豊かにするはずである。しかし、無視できない現実としては、この事実は多くの政治家や評論家には受け入れられていない(Caplan 2008)。
 自由貿易を行えば、経済内の競争力のないセクターでは事業を継続できないことは当然に予想される。そのため、当該ーに従事する有権者は、自由貿易をできるだけ否定しようとする強いインセンティブを持つ。おそらくこのことが、経済学を論理的に理解できない数多くの有権者が、自由貿易を否定する傾向をもつ理由である。自由貿易制度は、長期的には国民経済にとって有益であるとしても、実際には各種の規制があることが普通であるのはこうした理由による。
さて、国家による経済政や貿易政策、金融政策は、国レベルでしか決定できない。このため、大きな外部性が生じている可能性が高い。例えば、Caplan and Miller (2010)は、GSS(General Social Survey)のデータを使い、IQが高い有権者ほど、経済学者と同じような思考をする傾向があることを見出した。知性が高いほど、自由貿易を支持し、雇用の維持・創出という言葉に惑わされないという。教育として表される大きな部分は、IQを反映したものだと結論している。市場への信頼は、効率的な経済の運営には欠かせない考え方であり、自由経済の物質的な繁栄の基礎である。しかし、こうした経済の一般均衡的な性質、長期的な利益を理解するには、そもそもどれだけかの論理を理解する知性が必要だということである。

5.2 民主主義と独裁
 また経済の発展度合いは、民主主義のほうが独裁制よりも、高度である傾向がある。おそらく、各種の非効率が存在する場合に、民主主義は長期的にはその問題をそれなりに適切に処理していく傾向があるのだろう。これに対して、独裁制度では、独裁者がその問題を気にしないことがあれば、改善されることはないだろう。特に、独裁制度を支えているような経済的な特権がある場合には、そうした商行為の独占は長期的には経済を疲弊させるが、独裁制度がそれに依存している以上、決して解消されることがない。
例えば、インドネシアスカルノスハルト政権では、それぞれの独裁者の親族の経営する会社には各種の政治的な優遇を図っていた。こうしたネポティ