こんにちは。
また富山の実家に帰ってみた。驚いたことに、後ろの家(のご主人:80何歳ほどか?)が、家の裏庭の一部に勝手にナスと唐辛子を1畝ずつ作って栽培していた。裏庭にあって、草があまりに高くなって、まったく見てなかった。。。
この家族は、僕の実家から戦後のどこかの時点で僕の祖父から土地を借りて、家を立てて、さらに(こちらの了承も取らないままに勝手に)増築して住んでいる。父が死んだときに、こういうクソな前近代的な借地関係を解消すべきなのはわかっている。
しかしこうした昔からの借地契約には、借地借家法の保護があるため、関係を解消することもできない。固定資産税が3万で、年間の地代が6万5千円。クソすぎる!! 契約書もなければ、賃料も父の時代から数十年以上も変わっていない。
こっちは実家を空き家にしていて、たまにしか帰ってこないので、明らかに庭を利用しているわけではない。ので、実害はまったくないが、それにしても勝手に人の庭を耕すとかありえないだろ、常識としてどうなのか。
人間というのは、本当に自分勝手なものだ。田舎の相隣関係では、明確にコンクリート(その他)柵などが打たれていない所も多いので、こうやって勝手に人の家に次第に侵入できてしまう、、彼の言い分を想像するなら、
「相手は別にこの庭なんてまったく使っていないんだから、勝手にナスを作ったってかまわないだろう。おまけに庭の草は伸び放題で、虫もくるし大迷惑もしている。そのくらいは、当然だろう」というところか。
こういう状態そのものが、本当に嫌なことだ、嫌すぎる! 僕はおそらくハト派で、日頃は出会う人達は、むしろ信頼できると感じている。しかしこういうことがあると、その後に見かける他人でさえも、なにか信頼できなくなる。実に人間とは不思議なものだ。人との争えを意識すると、まったくの他人にさえも警戒するようになる。そういうふうに世界を認知するように、(先天的に)農家色がプログラムされているということなのだろう。
仕方がないので、話にする決意をして、兄を呼び出してその家に一緒に行くと、その途中で娘さん(40代ほど)が出てきて、
「自分の父親が勝手にしてしまったことで、彼らも困っている」という。
「父と揉めたくないので、今年だけは大目に見てください」と頼まれた。
「ナァヌ!?」
しかし、こっちはほとんど言い争い、最終的に裁判も辞さないという覚悟で、話に行こうとしていた。だが、そう言われると仕方がない。別にこっちから、こんなくだらないことで争いたいのではない。
「来年はかならずやめてください。でなければ、仕方ないので弁護士を立てて訴えるしかありません」と返答、約束して引き返してきた。
おそらく彼(その父のこと)は来年も同じように作物を作るだろう。さらに耕作地を広げるに違いない。もともと、勝手に自分の盆栽を僕の家の庭を占領しておいてきたような人間だからだ。僕の両親も長い間このことには困ってきており、僕にも話をしてきていた。完全にクソきわまりない、前近代的な相隣関係だ。
要するに、彼は高齢だから、彼が先にくたばるか、こっちも仕方なく(ムダな資源を使って)弁護士を立てて争うか、あるいはこっちが面倒になってこの状態を放置するか、というところか。悪意占有の取得時効は20年だから、彼があと20年生き続けるとも思えないが、、、
とにかく、こうした前近代的な相隣関係にはうんざりする。人間のエネルギーの無駄遣いだ。そういう面倒くささが人々が都会に出る原因でもあるのだ。そういえば法学部に入って、民法上の多くの争いが相隣関係に起因することを知った。
人間は大人になると、自分の理解できる、信頼できる人としか付き合わなくなるので、イジメをはじめ、多くのクソな関係は精算されて、過ごしやすくなる。しかし、相隣関係からはなかなか逃げられない。日中、日韓関係という感じか。
このクソな関係を早く精算して、ゆっくりとしたい。僕のようなネゴシエーション嫌いには、都会のマンションでしか生きられないのだな、良くも悪くも。
了