kurakenyaのつれづれ日記

ヘタレ リバタリアン 進化心理学 経済学

マトモな魏徴さん

こんにちは。

 

この2ヶ月ほど、twitterを見るようになった。で、魏徴さんhttps://twitter.com/GICHOGIという人が

 

「高齢者の社会保障削減は現代の奴隷解放運動です。

高齢化問題の本質は後期高齢者にあります。

日本に必要な事は後期高齢者の「短命化」です。

80歳以上は緩和ケアを中心にする。

増税反対、高齢者の社会保障を削減すべきです。

働いてない世代から働いてる世代に分配しなければ国は滅びます。」

 

という過激な自己紹介で活動していることがわかった。早速フォローした。魏徴さんの意見はとても尊敬できるが、ボクの意見とはビミョーに違うので、せっかくだからここに少し書いてみたい。

 

ボクの意見でも、80を過ぎたら医療費の自己1割負担どころか、3割、いや10割負担でも良い(除く緩和医療)と思う。つまり、若年労働者からの税金(あるいは同じことだが、保険料金)で、胃ろうなどの無意味な延命治療を行うことには大反対だ。

 

だがこのことは、自分自身でためてきた金での延命治療、あるいは余裕のある子供(や親族)が支払うことを否定するわけではない。そのように資金の所有者が資源を使いたいのであれば、そのように使う自由は最大限に保証されるべきだからだ。

 

もし80歳過ぎた人が、自分の財産で高度な医療を受けるならば、それは魏徴さんのいう「働いてない世代から働いてる世代への再分配」になるのかといえば、そうではない。治療を自費で受けるのは、自分の金でポルシェを買うのと同じだから、再分配ではない。

 

本当の若者への再分配というのは、80歳以上の高齢者になると、若者よりも高い税負担が課せられる制度のことだ。ボクが知っている限り、そうした課税制度が人間の社会で実現したことは一度もない。それが儒教の教えに反しているのはもちろん、おそらくヨーロッパ人でさえも敬老の精神というのをある程度持っているのだから。また歴史的には、高齢まで生きる人はほとんどいなかったから、生きただけで尊敬するというのはあながち不合理でもなかったのかもしれない。

 

というわけでボクも、あるいは実は魏徴さんでさえも、「高齢者 → 若者」への財の再配分をしようなどとは主張していなくて、単に高齢者への(事実上)無限(で無意味な)保護をやめようといっているだけなのだ。

 

とは言いつつも、彼のような勇気のある人には心から尊敬をする。10年前には、ほとんどいなかった正論じゃないのだろうか??

 

当然ながら、彼は「人でなし」的な中傷ツイートももらっている。でも、人でなし、人殺し、なんかじゃないよ。単に、世界の資源は有限だから、それを80歳以上の治療に振り向けるのか、あるいは子供たちの未来のために使うかという2択なのだ。  

 

よく考えてみてほしい。自分が80をこえてから、ガン治療なんかに高額医療が(全額自己負担として)必要になったとしよう。そのとき、自分の孫への学費を削っても、自分の医療費をまかないたいという人なんているんだろうか??

 

魏徴さんを罵る人は、結局、世界についてマトモに考えたことのないバカであり、同時に自分だけが道徳的な人間だと信じられる完全な偽善者なのだ。とんでもない時代になったもんだ、そういう偽善者がはびこる社会こそが共産主義者マルクス主義者の涅槃なんだろう。。。

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