こんにちは。
いろいろなビットコインその他のcryptoへの批判があります。その一つには、「マイニングのための電気使用量が、すでに香港を上回っている」というエコロジー的な観点からのものがあります。
なるほど、これは間違いなく本当です。これは実は、ケインズによる金準備制度批判とも共通しています。「金という、それほど有用性の高くない金属の掘り出しや保管などに資源を浪費するのは意味がない → 紙幣と中央銀行の管理が望ましい」というものです。
これは正論なのですが、それでもボクはあまり納得できない。中央銀行などという役人集団は無意味なのではなくて、有害です。彼らの知的な資源はもっと有用なことに使えるはず。
おまけにG20のようなムダで有害な会議に費やされる、膨大な政治的な動員。そもそもの意味がわかりません。
また、長期的にもっと悪いことには、政治家に金融政策などという、良くてブードゥー、悪くてコカインみたいなことを、政治活動によって可能だという幻想を与えてしまうことです。結局は単なるインフレを生み出すだけで、良いことなんてないのに。
もちろん軽いインフレが人々の効用を増加させるというのは事実だと思いますが、そうした金融政策が長期的に望ましいものなのかどうか?? コカインなんじゃないの。
歴史的なインフレーション、現在でもベネズエラやアルゼンチン、ジンバブエを見れば、金融政策とやらの可能性自体が有害なことは明らかだと思います。マトモな歴史家が指摘するように、経済には(人的資本の蓄積に基づく)技術革新が必要なのであって、政策は長期的には重要なものではありえない。
ということで、各種の暗号通貨の維持には電力が必要です。しかしそれは政府というセイレーンが語る金融政策の誘惑から、一般人の生活を守るために必要な資源なのでしょう。
泥棒というものが存在しなければ、鍵というものを作ったり、家に鍵を取り付けたりすることはまったくムダです。しかし泥棒は現実にいて、彼らから家財を守るためには鍵が必要です。同じように、政府という存在があって、彼らから財産を守るためにハッシュパワーを生み出す電力が必要なのだと思います。
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