kurakenyaのつれづれ日記

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自然権思想と民主主義は、そんなに重要だったのか?

さて今日は、久しぶりですが、「文明」の第2のキラーアプリについてです。それは、個人による農地の所有=自然権思想=民主主義ということになります。


といっても、なぜこうした一連の思想や制度がそんなに大事だったのかについては、普通の世界史的な常識ではあまりピンとこないと思います。


ファーガソンが着目するのは、南北アメリカの進歩と発展の違いです。


南北アメリカ大陸は、16世紀から本格的にヨーロッパの植民地となりました。南米では原住民がある程度生き残り、スペイン人とその血を引く混血特権階級は、彼らを支配して貴金属を掘り出させたり、奴隷としてプランテーションに使ったりと、つまりは貴族政治による専制政治を行います。


結果、南米ではボリバルによる独立後も、専制と分裂が続き、民主主義は発展せず、地主階級と無産貧民の分離が続いて来ました。


これに対して、北米ではイギリスからの植民が主流で、彼らは女性も連れてきたので、白人としてのアイデンティティを維持しました。植民政策は、自分で耕すことによって農地の原始取得を認めるというジョン・ロックの思想に基づき、人口の過半数は自作農であり、ヴァージニア植民地からすでに議会民主主義が成立していました。


こうした制度を前提として、独立後は(黒人は排外されていましたが)少なくとも白人男性による強固な民主主義の確立と、経済の発展が実現しました。北米では、南米よりもはるかに異民族間の通婚がタブー視されてきて、20世紀の半ばまで非合法化されてきたのです。


一部の歴史家は、こうした人種隔離政策が北米の成功を生んだのだと主張しています。しかしファーガソンは、そうではなく、スペイン人の専制的、非民主的な価値観が、原住民支配と相まって、経済社会の発展を阻害してきたのだといいます。ボリバルにしても、結局は混血であり、原住民による民主主義は不可能で、専制しかありえないと結論づけていますが、これはジェファーソンの独立宣言とは、好対照をなしています。


確かに、南米でもインディアンによる農地所有が主流になっていれば、民主主義も成立していったのかもしれません。


こうした、歴史上のイフは判断が難しいものですが、確かに現在の南北アメリカは、過去400年間に比べれば、急速に似てきています。北米でも白人はマイノリティ化してきており、多種多様な混血が進んできているのです。


というわけで、ファーガソンのいう第2のキラーアプリ、「自然権思想と民主主義」は重要だったのかもしれませんね。


この点に関連してボクが長らく疑問に思ってきたのは、中国のような専制国家が、果たして台湾・韓国や日本のような民主国家と同じ程に経済的に発展することが可能なのか? という疑問です。これはボクの生きている30年内にはある程度答えることのできる問題だと思います。


もちろん、政治的、思想的な自由が独裁国家にないのは当然ですが、それと経済的な豊かさとは、少なくとも原理的には別のものです。果たして、民主主義の持つ既得権保護、老人専制的な非効率性と、中国のような専制国家の持つ、官僚の腐敗・汚職、恣意的な規制の非効率性のどちらが国をより停滞させるのか??  ぜひとも知りたいものです。 


むろん、ボクは最終的には官僚独裁政治のほうが、より大きな不効率を温存するのではないかと思っていますが、この答えは歴史によってのみ答えることができる種類のものでしょう。