kurakenyaのつれづれ日記

ヘタレ リバタリアン 進化心理学 経済学

The troublesom inheritance 「ヤッカイな遺産」訳

Nicholas Wade の「The troublesome inheritance」を翻訳する話が出たので,抄訳(特に僕がオモシロイと思ったところを協調)したものをつくった.話は流れてしまい,別の方が翻訳することが決まったので,僕の原稿はこのまま載せます.

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やっかいな遺産 遺伝子,人種と人類の歴史
1章 進化,人種と歴史
 ヒトゲノムが解読されて明らかになったことは,人類の進化は5万年前に終わっているどころか,加速してきているということだ.人類の14%ものゲノムが3万年から5千年前に発生したものだ.チベット人は高山に適応した遺伝子を3千年前に獲得したし,カナダのケベックでは女性の初産年齢がわずか150年の間に26歳から22歳にまで遺伝的に下がったのだ.これまで社会科学では,ボアズの人類学を始め,人間はどこでも遺伝的に同じだが,文化だけが違うと考えてきた.
 人類集団に各種の能力の違いがあったとしても,それが「優劣」を意味しているわけではない.アジア人の知能は105であり,ヨーロッパ人よりも高いし,1980年以来,オリンピックの100メートル走の決勝ではすべて西アフリカ出身だ.
 社会行動も重要だ.過去1
5千年の間に,文明は部族社会から,秩序だった王国に到るまで急速に変化してきた.そうした変化は,我々の社会行動の傾向にも遺伝的な違いをもたらしてきた.
 また日本や韓国のように,何もない国が,資源に恵まれた国々よりも豊かであるのも,説明されるべきだ.部族社会のイラクに民主主義を植え付けることができないのも,こうした理由によっていると考えられるだろう.

2章 科学の曲解
 人種差別主義というのは20世紀のナチスが極端に推し進めた考えだが,それはつまり人類集団には優劣が付けられるというものだった.リンネから始まる生物分類学は,人類にも適用されたが,ブルーメンバッハまでは比較的に科学出会ったといえる.しかしゴビノーからは「優劣」が付けられるようになり,差別主義となってしまった.アメリカのモートンが各人種の脳容量を測ったことで,大きな脳は優れた人種をい見するようになり,それはグールドによって「人間の測りまちがい」として糾弾されることになったのである.
 ダーウィンの『人間の由来』でも,人種の違いが記述されていると同時に,人類はみな同じように感情を持って生きていることが記されている.ダーウィンの従兄弟であったゴールトンは,人間を改良するという「優生学」を考えついた.この考えは,アメリカでもダベンポートによって精神遅滞者の去勢につながり,さらには北ヨーロッパ以外からの移民の制限という形をとった.ヒトラーは,こうした思想をもっとも強く実現した.精神遅滞者の去勢に始まり,ついには7万人の精神障害者安楽死を行った.その後,500万人のユダヤ人が虐殺された.
 しかし,これらは科学そのものから生じたのではなくて,反ユダヤ的な文化から生じたのである.

3章 社会性の起源
 霊長類の中で,大きな白目を持っているのはヒトだけだ.他人と意思疎通ができるように進化してきたのだ.チンパンジーとヒトは5百万年前にわかれたが,社会構造は大きく異なっている.チンパンジーは群れで生きて,乱婚的だが,血のつながった兄弟という概念はない.ヒトはつがいをつくり,父親も育児を手伝うようになったため,兄弟のつながりが生まれ,それが群れを超えた部族の概念にまでつながったのだ.
 またチンパンジーは協調行動をめったにとらないが,トマセロの実験から明らかなように,人間は小さな子供でも指差しの意図を容易に理解するし,社会ルールを守るべきことや処罰も理解する.
 オキシトシンは親子の愛着形成をうながすホルモンだが,オキシトシンを吸入した男性は,仲間への愛着が強まるだけでなく,仲間ではない人たちへの敵愾心も高める.仲間への愛着には,二面性があって進化してきたのだ.
 攻撃性にも遺伝性がある.モノアミンオキシダーゼA(MAOA)は攻撃に関連する遺伝子の一つだ.MAOA分解酵素に変異があると,神経伝達が過剰になり,攻撃的になるのである. MAOAには2コピー,3コピー,4コピーの対立遺伝子があるが,2コピーの場合,犯罪を犯したり,虞犯行為の可能性が上がることが報告されている.2コピーの個人は犯罪を犯す可能性が高いが,アフリカ系アメリカ人では5%程度だが,白人では0.1%なのである.もちろん,白人にだけ存在する暴力性の遺伝子もある.HTR2Bは飲酒時に暴力をふるう傾向を高める遺伝子だが,フィンランド人に多いのだ.
 人間社会は変化してきたが,それは人間の遺伝的な変化も伴ってきた.『進化心理学」はそうした関係を明らかにする.乳糖耐性(大人になっても牛乳が飲める)は6千年ほど前にバルト海沿岸で発生したが,その広がりはヨーロッパのファンネルビーカー文化と一致している.牛乳が飲めることは,大きな適応化をもたらしたため,急速に広がったのだ.
 現代人は15万年前から存在していたが,狩猟採集社会は1
5千年前まで続いた.狩猟民の攻撃性,独立心は,その後の農耕社会では,より協調的で大きな社会に適応するために変化しただろう.また,狩猟社会では農耕社会よりも平等主義的だが,農耕や牧畜社会では,蓄財が可能になるため不平等になる.こうした変化は,すべて遺伝的な変化を生み出してきただろう.
 人間の社会行動は,アリとは違って可変的であるが,それでも社会行動の基本的な性向が違えば,結果として出来上がる社会も異なったものになるのだ.

4章 人間を使った歴史という実験
 「人種」というものは存在しない,というのが現代の学会の常識となっているが,生物学的には「人種」は存在している.戦後,アシュレー・モンターギュなどによって人種概念は否定された.しかし,アフリカ人の頭蓋骨は丸く眼孔・鼻孔をもっている,ヨーロッパ人は長い頭蓋と大きなアゴ,アジア人は短くて幅広いホオ骨を持つ.人類学者が,80%以上の確率で頭蓋骨がどの人種であるのか言い当てることができる以上,人種は存在する.「祖先」「集団構成」「集団層」などと言いかえても,実態は変わらないのだ.
 人種というのは,異なった気候に適応した結果であり,対立遺伝子の頻度の勾配である.DNAが遺伝情報を伝えているが,環境に有利な対立遺伝子は,集団に広がり,やがて100%になる(固定する).細胞内のミトコンドリアのDNAについては,1人のイヴの遺伝子を人類全員が受け継いでいる.
 同じように,男性のY遺伝子も,1人のものを人類全員が受け継いでいる.これらによって,人類の系統についての樹形図がつくられる.突然変異,ドリフト,自然選択によって,進化はとどまることなく進みつづけている.
 大きくなりすぎた集団は分裂し,次第に分かれていく.5万年前には熱帯に住んでいた人類は紅海をこえて,4
6千年前にはオーストラリアに達した.熱帯向けの体を持った人類は,ユーラシアの寒冷な内陸を避けてインドを進んだのだろう.その後,またアフリカに戻った遺伝子の流れもあった.
 人類のほとんどは生まれたところからほど近い土地で一生を終えたようだ.50万箇所を調べるDNAチップを使うと,ヨーロッパ人の90%は生まれたところから700キロ以内に,50%は310キロ以内に住んでいるのだ.もっと隔離された村では,8
30キロ程度になる.当時の地球は,現在のニューギニアのように,隣の村の言葉がわからないため,遠くに行くのは難しかっただろう.
 寒冷な地域への移住は,はるかに困難だった.50万年前から北方に住んでいたネアンデルタール人もいたし,その他にのエレクトスもいただろうからだ.3
4万年前にはアフリカから出た人類は,さらにアジア人とヨーロッパ人にわかれた.ゆるやかな遺伝的な勾配は,2
5千年前の氷河期を経て次第に急になり,1
5千年前に再び間氷期が訪れると,人類はベーリンジアを超えて,アメリカ大陸にまで移住を成し遂げた.
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5千年前には定住生活が始まり,人類の骨は薄く弱くなった.これは家畜動物でも起こる減少だが,人間の場合,暴力が減少したためだと考えられる.1万年前から人類は中東で麦を,中国ではヒエ,そしてコメを栽培し始めた.人口は増えていった.
 集団は次第に異なったものになり,言語距離も離れ,遺伝子は固定されて異なっていった.それでも征服や婚姻などがあったために,現在の程度の違いしかないのだとも言える.極東でも,漢民族は1万年前から急速に拡大してきた.今もチベットウイグル漢民族に同化しつつある.アフリカでもバンツー族が,農耕によって周囲の民族を追い払ってきた.各地で同時にこうした状況が進行したが,人口規模が大きいほどに,より大きな社会が生まれた.
 ミトコンドリアを見ると,もっとも早くに分かれているのはブッシュマンで,次はハザの人びとだ.その後,5万年前にわかれたMとNタイプがヨーロッパとアジア,アメリカに広がった.3
4万年前にはヨーロッパとアジアがわかれたが,当時のヒトの肌は浅黒かったと考えられる.アフリカでは紫外線から肌を守るためにメラニンが欠かせないが,北部にいくと反対にビタミンDを合成するためにメラニンを減らす必要がある.ヨーロッパ人はSLC24遺伝子によって減らしたが,アジア人はこれとは違う遺伝子を変えて減らしたのだ.
 アジア人を特徴付けるEDAR遺伝子は,中国人の93%,日本人やタイ人の70%,アメリカ・インディアンの60
90%がもっている.EDAERは髪を太くし,エクリン腺を増やし,胸を小さくすることがマウスによって確かめられている.またシャベル状の切歯もつくる.なぜ,EDARがアジアで広がったのか,自然選択なのか,性選択なのかは,はっきりしていない.
 アジア人のもう一つの特徴的遺伝子は,耳アカを乾性にするABCC11である.中国・韓国では100%,日本人では87%が乾性である.同時に,体臭の元になるアポクリン腺を減らすため,これが性選択されたのかもしれない.シャベル状の切歯と親しらずも,シベリア起源の集団にのみ見られる特徴である.
 人種は3つに分けうrことも,60に分けることもできるが,アフリカ,ヨーロッパ,アジア,メラネシアアメリカ・インディアンの5つに分けるのがわかりやすいだろう.もちろん,こうした区分けは遺伝勾配でしかないが,クラスターとして分類できるからである.

5章 人種の遺伝学
 人種ごとのDNAマーカーは,過去20年の間に急速に知られてきた.377箇所のマーカーを使った分類では,5つの人種がうきあがる.遺伝距離は,言語を使った分類とおおまかに一致することが多い.またアフリカからの距離が大きくなると,遺伝的な多様性は減少する傾向がある.
 993ヶ所の遺伝子マーカーを使っても,65万ヶ所のSNP(単一のDNA違い)を使っても,5大陸の違いが出てくるのは変わらない.インドとパキスタンを別の人種としてもいいし,ヨーロッパとアフリカの遺伝子が入り込んでいる中東を別人種としてもいいが,5つの人種というのが実用的だろう.
 アフリカには14の集団があるが,過去2,3千年のあいだに,農耕をたずさえたバンツー族が広がったが,サン族,ピグミー族,などを除いて圧倒的となった.アフリカ大陸の4つの言語族も,これと対応している.最近の遺伝子研究からは,現生人類に南西アフリカ,どこかナミビアアンゴラ国境あたりに出現したらしい.
 遺伝子は中立進化をすることもあるが,自然選択されてきたものがはるかに多いことがわかってきた.アジア人,ヨーロッパ人,アフリカ人を見ると,それぞれに異なった遺伝子が選択されてきた.今後,どういった理由でこれらの遺伝子が異なった地域で選択されてきたのかがわかるだろう.これらの遺伝子は,生殖や肌の色,骨格,脳機能などについてのものだ.
 どの遺伝子が選択されてきたのかは,その近くのDNAを調べることでわかる.進化からの時間がたつほどに,近傍の配列はバラバラになるからだ.この分析方法からは,過去3万年の間のヒトの進化が,加速している事実が明らかになる.14%の遺伝子が変化してきており,その80%は人種によって異なった場所である.肌の色,消化,骨や髪の構造,病気への耐性,脳機能など生物的なものなのだ.
 ヒトは7万2千年前に衣服を着始めた.代謝系,病原耐性,神経系も変化してきた.それらの変化は,どうやらユーラシアのほうが,アフリカよりも多いようだ.肌の色を始め,寒冷な気候への適応が原因なのだろう.より複雑な社会をつくるための変化もあっただろう.
 ヒトの遺伝子には,発話に関連するFOXP2や,アフリカでのマラリア体制に関するDARCなどのように,完全に固定しているものがある.肌を白くするKITLGはヨーロッパやアジアで固定している.だが,ほとんどの遺伝子は完全には固定していないソフト・スイープと呼ばれる状態にある.身長などのように,多くの遺伝子が関係する場合,ひとつの遺伝子の果たす役割はひじょうに小さいからだ.
 乳糖耐性のように,単一の遺伝子による場合,その遺伝子が固定するまでには2千年がかかった.別の乳糖耐性の変異がアフリカの遊牧民では50%に達している.これに比べると,身長を規定する無数の遺伝子がソフト・スイープであることは当然なのだ.
 人種間の違いは,遺伝子を通じて各種の病気の罹患率の違いにもなる.マーカーを326に増やせば完全に人種や集団を特定できる.混血の度合いについても測定できるため,アフリカ系アメリカ人のDNAの22%がヨーロッパ人由来であることがわかっている.
 
6章 社会と制度
 アフリカ,ヨーロッパ,中国の制度は大きく異なっているが,それは過去の環境や他集団との抗争などへの適応の結果だ.社会制度はそれに適応した遺伝子を選択し,それによってその制度は強固になる.制度は,遺伝と文化の両方によって成立している.戦争や交易,法律などは人間の本能に根ざしたものだが,MAOA遺伝子のように,僅かな違いが,大きな制度の違いになることもある.
 制度が遺伝子に基づいたものでもあるため,イラクアフガニスタンに民主主義を根付かせることは容易ではない.部族主義の支配的な地域と,北欧のような民主主義の国とは異なった社会制度をとってきたためだ.
 農耕の開始は,定住生活と同時に,人口の過密を生み出した.大きな人口にはヒエラルキーが必要となり,平等主義はなくなってしまう.権威に服従することが求められ,精神は変化してゆく.狩猟採集民の分業は男女間にあるだけだが,文明では社交性や知性が富を生むようになる.不平等は大きな定住者会には必然なのだ.
 エリートはより多くの子孫を残し,そうした社会的な遺伝子は広まってゆく.暴力が役立つ社会では暴力的な男はより多くの子孫を残すが,懐柔と交易が役立つ社会では,そうした素質が広がることになる.制度と行動,遺伝子の変化は急速に起こる.
 戦争はチンパンジーにもあるが,大きな社会での軍隊は血縁によるものではない.軍隊の規律が求められる.宗教もまた変化した.火を取り囲んでのうたとダンス,トランスによる神との直接の触れ合いにかわって,神官が神の言葉を取り持つようになる.歌や伝承にかわって,神官の解釈と学説になるのだ.古代エジプトやローマのように支配者が神官であることも多い.
 ヤノマモ族の研究では,戦闘で人を殺した男は,殺したことのない男よりも2.5人多くの子供を残している.そうした社会では,より暴力的になるだろう.

 150人程度の村には首長がいるが,そうした村が統一されると,原始的な国家ができる.国家は隣国と抗争をするが,複雑な社会では王家だけではなく,役人もいる.古代エジプトでは紀元前3100年に統一国家ができた.メソポタミアではシュメールが,中国では黄河揚子江が統一された.旧世界では5千年前に各地に帝国が,アメリカでは12世紀にインカ帝国があらわれた.
 小さな人口ではこうした統一がなされなかったのは,エスキモーや太平洋の諸島をみればわかる.唯一の例外であるハワイ諸島は1811年に統一された.
 サハラ以南のアフリカは大河もなく,病気も多いため,統一がなされる前にヨーロッパ人が支配したが,当時のアフリカはほとんど部族社会の状態にあった.

歴史における人間行動
 歴史を見ると,中国人はほとんどの時代に同じように振舞っていることがわかる.各地域の制度もまた,社会行動の小さな差が,大きな制度の違いを生み出してきた.フクヤマが入っているように,生物的な基礎が政治活動を規定している.部族主義は人類のデフォールトの政治様式だが,帝国に発展した場所もある.
 中国は,ヨーロッパよりも千年以上はやく,帝国化した.秦の始皇帝の統一以来,官僚が能力主義によって選抜され,中央集権が進んだ.巨大な帝国では部族主義は軍隊から排除された.これに対して,ヨーロッパははるかに地方分権的であり続けたし,またインドなども分裂したままであった.ヨーロッパでは分権的な「法の支配」が確立したが,中国は効率的な官僚的な専制国家が,毛沢東の時代も続いた.
 中国,インド,イスラム帝国,ヨーロッパでは,大きく異なった制度がとられてきた.制度は現代社会でも続いている.中国は専制国家のままであり,シンガポールもまたそれに近い.アフリカでは現在も部族主義が支配している.アフリカでは支配する部族が,支配される部族を搾取しているために貧しいのだ.反対に,先進国が豊かなのは参加主義的な制度が支配しているからだ.

7章 人間の本性を作りかえる
 遺伝によって規定された文化というのはどのようなものなのなのか.グレゴリー・クラークは,イギリス産業革命の生産性の向上について書いている.マルサスが言ったように,生産性の向上は人口の増大によって,直ちにキャンセルされてきたが,産業革命によって初めて,一人当たり所得は急激に増大した.それは600年の間,中産階級がより多くの子孫を残した結果,彼らの遺伝子が広まったからだ.
 1200年以降,イギリスでの殺人率は急速に低下し,識字率は急速に上昇した.利子率は下がり,人びとは未来について考えるようになった.600年間,24世代の間に,人びとの遺伝子頻度は変化して,産業革命や国際貿易が起こる素地を作った.
 さらに,クラークの近著による,成功した家系を分析した結果からも,そうした社会的な成功は数百年続くということが証明されている.中国でも,勤勉な人びとが成功を収めてきた.それは2千年も続き,彼らのIQはヨーロッパ人よりも高いのだ.
 人類の骨は過去4万年の間に,だんだんと薄くなってきたが,それは暴力が次第に減少してきたからだ.中世のヨーロッパでは残虐や暴力犯罪が多かったが,10万人あたりの殺人は年間100件から3件ほどへと急速に低下してきた.ピンカーが言うように,これは単に文化的な変化であるとされることもある.しかし,次第に遺伝的な要因が変化して,それがはるかに大きな文化の変化につながったと考えられる.
 これは産業革命でも同じで,遺伝的な変化が大きな社会行動の変化を生み出したということだ.ヨーロッパやアジアのように農耕社会が続いてきた場合,10万人あたりの殺人は2人以下だが,アフリカでは10人であることは,遺伝的な要因があるのだろう.
 国家の未成熟な社会では,犯罪から実を守るためにも,あるいは復習をするためにも部族が単位となる.国家が長く支配していない地域では,部族主義は根強く残っており,それはアラブ諸国に民主主義が受け入れられない理由でもある.アフリカでも部族主義の汚職が蔓延している.400兆円もの援助にもかかわらず,アフリカの8億人の半数は一日1ドル以下で生きている.コンゴでは内戦が無限に続いている.
 イギリスの産業革命に並んで,ヨーロッパ諸国は追いついたし,東アジアでも急速に産業化が進んだ.その理由は,長い間の農耕の歴史が共通するからだ.50年前にはアジア諸国はアフリカよりも貧しかったほどなのだ.
 ペルーやブラジルに移民した日本人もまた,勤勉さ,遵法性で成功している.東南アジアの中国人も,あるいは西インド諸島に移住した中国人も現地で成功を収めているのだ.アメリカに鉄道建設のために移住した中国人も同じだ.
 こうした成功は高いIQのせいだという人もいる.IQの遺伝率は80%と見積もられているからだ.知能が遺伝で決定されるなら,早期教育などの社会政策は無意味となる.IQが経済にとって重要だと考えるのもわかるが,勤勉さなどのほうがはるかに重要だ.また豊かさは高いIQを生み出すという事実もある.またヨーロッパよりも高いIQであるアジアはヨーロッパよりも進んだ社会を作り出しているわけでもない.
 重要なのは「制度」であり,アセモグルが言うように,「良い社会は平等に参加的な制度」なのである.イギリス名誉革命明治維新は,より参加的な社会を作ることに成功した例なのである.

8章 ユダヤ人の自然適応
 2007年までにユダヤ人は32%のノーベル賞をとってきた.キリスト教金利をとることを禁止していたため,900年から1700年の間,ユダヤ人は金貸しと徴税人という商売に専業してきた.ユタ大学の研究グループは,このためにユダヤ人は知的に優れた人間がより多くの子供を残し,結果としてヨーロッパ人よりも高い110という知能を得たのだと主張している.
 ユダヤ人はテイ=サックス病,ゴウシェ病などの神経系の病気が多いが,それは神経細胞の成長を促進する遺伝子がホモ結合した場合に生じるというのである.

9章 西洋の勃興
 1608年に望遠鏡が発明されたが,すぐにヨーロッパ,ムガール,中国,オスマン,へと伝わった.ヨーロッパでは,ガリレオによる科学革命に直結した.ムガールは暦づくりにのみ利用した.オスマンではまったく興味を示されなかった.
 中国にはイエズス会士が望遠鏡をもたらした.イエズス会士は中国の天文学者を常に上回った天文知識を披露したが,彼らの外人嫌いは決して望遠鏡の成果を受け入れなかったし,何らの改良もなされなかった.
 この例から明らかなように,ヨーロッパだけが好奇心を示した.中国も日本も好奇心の程度では,ノーベル賞を生み出していない.西洋科学はテクノロジーの基板となり,今もリードを続けている.
 ダイアモンドの「地理」による決定論はひろく読者を集めたし,ファーガソンによる「6つのアプリ」というアイデアも広く支持された.アジアは先進的な地域であり,千年前に戻ったなら,中国あるいはアラブこそが産業革命,科学革命を成し遂げたと予測される.鄭和の南海遠征やバグダードの図書館である.しかし,中国の5千文字の丸暗記による四書五経の学習や,イスラムコーランの学習は,教育として有用ではなかった.
 ヨーロッパの大学制度は,自由な学問の追求を許し,いかなる考えにもオープンで在り続けた.現在も科学的・技術的な優位によって,戦力も圧倒的であり続けている.
 ジャレッド・ダイヤモンドはこうした発展は「地理的な要素」のみによって決定されてきたと主張した.集団に差があるというのは人種差別主義であるというだけでなく,ヨーロッパ人よりもパプアニューギニア人のほうが優れているとまでいっているのだ.「銃,病原菌,鉄」では石器文化のほうが現代社会よりも優れているというのは,イデオロギーでしかない.
 地理はたしかに重要だが,それだけでは中国ではなく,ヨーロッパで産業革命がおこったことは説明できない.ファーガソンは,分権制度は国民国家と資本主義の確立には不可欠だったという.オープンな社会は,財産権の保護,科学と医学,技術の進歩を伴って経済成長を生み出し,それは500年間の圧倒的な支配を築くことになった.
 4万6千年前に定住したオーストラリア原住民は,肥沃な大地を持たず,石器時代のままだった.アフリカの土地も痩せており,1500年時点の人口は4千6百万人でしかなかった.対してヨーロッパと中国でははるかに多くの人口と,多くの国が栄えてきた.
 中国は火薬,羅針盤,紙をつくっただけでなく,天文学も発達していた.イスラムでも学問はあったが,自然科学は外来の学問として重視されなかったし,中国でも政治から独立した研究機関は存在しなかった.中国の試験は5万文字の四書五経を暗記し,その解釈を覚えるというもんであり,こうした選抜を2千年も続ければ批判的な精神は否定されてしまう.
 ヨーロッパには政治から独立した大学が存在し,神学から始まった研究は,次第に自然哲学へと重心を移していった.西洋では新航路の発見を含めて,オープンであることが報われてきたが,中国では15世紀の鄭和の南海遠征以降,すべての外界への興味は否定されてしまった.西洋では自律性評価されたが,自律性が否定された中国では,核も産業革命も起きることができなかったのだ.
 こうした制度が長い間続けば,それを支える精神性も強化される.イギリス人は世界のどこに言ってもイギリスのような文化を作り,中国人もまた世界に散らばって,中国的な文化を維持し続けている.

10章 人種に対する進化論的な視点
 ヨーロッパ人は5万年前にはアジア人と共通の祖先を持ち,20万年前にはすべての人類と共通であった.しかし,現在の社会制度は大きく異なっており,それに対応して過去3万年の間にヒトの遺伝子の14%もが異なってきている.今のところ,どういった遺伝子がどのように神経系に影響を与えているのかは謎だが,MAOAのように明らかになってきたものもある.
 進化してきた人間の社会行動は,現代の世界でも見いだされる.文化は大きく人間を規定するが,それでも行動性向としての遺伝は残っており,各種の制度の違いを生み出しているのだ.遺伝は慣性を作り出すため,ヨーロッパが世界をリードする状況はこれからも続くだろう.過去には植民地支配もあったが,それが終わって現在もあまり変化は見られない.
 これは人種差別主義ではない.どの社会が価値的に優れているということはないからだ.ただこれまでの人類の進化によって形成されてきた,異なった遺伝子頻度は,それに応じて異なった社会制度をつくりだしているのであり,それは今後も続いてゆくという事実があるだけなのである.



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