kurakenyaのつれづれ日記

ヘタレ リバタリアン 進化心理学 経済学

書評「10万年の世界経済史」

この著作は「10万年」とは銘打たれているものの、実際には産業革命以前と以後とを比べているに過ぎないので、題名がおかしいというべきである。なお、原題は「Farewell to alms 援助よさらば」なので、これは日本語版の問題である。


内容としては、1、産業革命以前の人類の生活は、各種の科学的な発見、発明にもかかわらず、ほとんど一定であった。なぜなら、生産性の緩やかかつわずかな上昇は人口の増大によって、完全に吸収されるというマルサスの法則が当てはまっていたからである。

2、しかし中世の600年間を通じて、イギリスでは勤勉を重んじる中産階級が常により多くの子孫を残し、反対にそういった勤勉さを持たない無産階層は常に子孫を残せない傾向が続いたため、勤勉倫理が文化的にも、またおそらく遺伝的にもイギリス社会に広がっていった。これは清時代の中国や江戸時代の日本では、支配階級が下層階級と適応率においてほとんど同じであったことと好対照を成す。

3、産業革命以降、多くの国で産業化が試みられたが、失敗したところではすべて、労働者の生産性そのものが低かったためであり、資本、つまり機械がなかったためではない。よって、現在でも労働者の生産性の差自体が各国の所得水準を決定しているため、援助はあまり有効ではない。


というほどになるだろう。これらの一つ一つの論点に対して、経済史学者である著者は多くの実証研究によって裏付けている。

私が疑問に感じるのは、たとえば、19世紀の中国やインドの労働者の生産性がそれほどに欧米よりも低かったとするなら、現在の急成長はどのように説明されるのかが理解できないことだ。いきなり生産性が挙がった理由は何なのか?教育なのだろうか?あるいは世間の勤勉道徳の変化なのか?

またイギリス中世におけるヒト遺伝子プールの変化が本当だとすると、それは知能の変化だと考えるのが自然だと思うが、著者はPC的な配慮からか、中産階級的勤勉さの違いであるという。が、それを裏付ける資料は挙げていないし、挙げることは今後も難しいだろう。

ちなみにイギリス人の知性は西ヨーロッパ全体の中で特に高いというわけではなく、フランス人やドイツ人、ロシア人、などと同じ程度であることは、多くの知能研究から明らかである。


全体として、本書は歴史の発展において、遺伝的な変化の可能性を指摘したことや、産業革命以前の生活のマルサス法則の実証などの点では興味深いが、論旨がはっきりしないように感じられる。こういったBig Historyものは最近数多く出版されているが、この本を読むのであれば、ジャレド・ダイアモンドの「銃・病原菌・鉄」のほうがはるかに興味深く、よくまとまっているといえる。