kurakenyaのつれづれ日記

ヘタレ リバタリアン 進化心理学 経済学

拝金主義を憂うるひとは

無政府主義を主張すると、
ほとんど必ず「じゃ、あなたは犯罪にあってもいいのですか?」と聞かれる。
これは、警察活動=政府 というような考えなので、
そういう人には、「いや、民間の警備会社と契約します」という。
これはこれでそれなりに納得してくれることも多い。


さて、次に「拝金主義が横行しているのは、どうするのですか?」と聞かれる。
なるほど、市場=拝金主義、という考えである。
だが、市場では、嫌いな人との契約を強制されることはない。
だれであれ、自分の好みの拝金主義的ではない、
高潔かつ信頼に値する人と契約する自由がある。
あるいは自分が拝金主義的でない企業をつくってもいい。


拝金主義が横行しているのが問題だと思う人は、
そうでないように人々を説得することを試みるべきだろう。
現に拝金的な人々の行動を、国家の法律制度によってやめさせることは、
つまり価値観の強制でしかない。


僕は、たしかにGood Willなどという名前からし
とんでもなく偽善的な会社とその創業者に好感は持っていないのだが、
彼を名目的な違法行為をあげつらって、
国家的にバッシングして引きずり下ろすのが正当だとは思われないのだ。


人はそれぞれ誰をひいきにするかを決める自由があるべきで、
人間の顔をした資本主義を目指す人は、自分で人間らしい人のみと
付き合えばいいし、そうでない人は、そうする必要はない。


折口氏にはついていく部下も労働者も、
あるいは取引先もいなくなっていくというのが
「人間の顔をした社会」のあるべき姿だろう。
どう考えても、彼の会社の代わりは他にもいくらでもある。


厚生労働省の官僚の鶴の一声で彼が引きずりおろされるとするなら、
それの方がよっぽど「人間らしくない」と思うのだが、、、、