kurakenyaのつれづれ日記

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アビーという冷凍保存の会社はスゴイ!

言うまでもないことですが、僕は基本的に科学への信仰があるので、科学を相対化するような文化相対論に反対していることは間違いありません。とはいえ、既存の科学では否定される、あるいは説明できない発明を否定する気はまったくなくて、むしろそういったことが歴史的に頻発してきたことには、まったくもって驚嘆しているし、発明者には強い尊敬と賞賛の念を禁じえません。


先日、テレビで、組織を保存しつつ冷凍を行うというアビーという会社が取り上げられていました。

http://www.kanto.meti.go.jp/seisaku/seizousangyou/monodukuri/data/monotai3_abi.pdf

こういった素晴らしい発明が、まったく理論なく実践されたのは、まったくもって素晴らしいことです。昔から固体物理にしても、相変化の理論にしても、実際のところ、ほとんど分かっていないところを、ツギハギに理論化しているだけで、世界のフシギを未だに記述していないことが再確認されました。

この技術を洗練させてゆけば、実際に臓器を冷凍保存できることは間違いないでしょう。あるいはアメリカのAlcor社なんかのやっている、冷凍人体保存というのも、あやしさが激減する可能性があります。


エジソンは何の理論も持たずに電灯をつくり、ライト兄弟はほとんどの物理学者の否定を乗り越えて空を飛びました。あるいはワットの蒸気機関も同じのようで、世界を変えたほとんどの発明は、科学によってではなく、科学に否定されつつ、それを無視して実現されているのです。

おそらく、核爆弾や原子力発電は確かに科学理論の産物だと言えるのでしょうが、全体としては、人類の発明全体としてはあまり大きな割合ではないのは街がないのです。


無謀な活動を冷笑するのは自由です。しかし、そういった活動の結果として人々が喜んで支払う対価に課税して、そういったことを(あるいは冷笑しつつ)考えてみたことさえない人へ分配することが「正義」なのか?
この価値観の分裂した社会で、他人の活動の成果をなぜ「権利」などと称して奪うことが正当化されるのでしょうか?


理論が好きな人には特に考える必要のある事実です。