長らく進化論ウォッチャーである僕はなにげに「破壊する創造者」 原題virolution を読んでみました。 この本の主張は、
1,DNAの中でタンパク質の発現に直接に寄与する遺伝子の割合はヒトでは1.5%と非常に少ないが、残りはウィルスによる遺伝子の挿入によるものが多い。機能遺伝子としても、ウィルス由来の遺伝子は、例えばヒトの胚発生においても重要な役割を果たしている。全生物史においてウィルスと宿主は共生進化をしてきた。
2,生物の進化において、異種交配による遺伝子の重複、あるいは染色体の重複は重要な変異をもたらす役割を果たし続けてきた。これは多くの生物が倍数体であることや、あるいはヒト遺伝子でも4回の重複がある領域が多いこと(例えばHOX遺伝子など)からも明らかだ(例えば大野乾の遺伝子重複説)。
3,遺伝子の発現(エピジェネシス)についても、DNAを囲む細胞の化学組成全体(クロマチン)が重要な役割を果たしていて、例えば、メチル化、ヒストン修飾、RNAiなどによる各種遺伝子発現のオンオフ変化が確認されている。これは、DNA環境という「獲得形質」がDNAの発現頻度を通じて遺伝するというラマルク的な視点も提供する。
というほどになるでしょう。1はレトロウィルスなどについて知っていれば、大きな驚きはないでしょう。2については、なるほど、細菌のDNAに比べて、多細胞生物のDNA量が圧倒的大きいことからは、なんらかの重複が進化において常に起こってきたのでしょう。
これらはそれほど新しいということはないと思われますが、最後の3については、個体発生と遺伝子制御については、メチル化ぐらいしか僕は知らなかったので、いくつかのヒストン修飾などの多くのエピジェネティクス要因が議論されていて、最も興味深いところでした。
例えば、母親が栄養が十分でないと、胎児の発生に影響が現れて、糖尿病のリスクが高まることが知られています。あるいは葉酸の欠乏によって、脊椎の発生に支障が生じます。同じように、高いストレスを受けていれば、子どもの発生に影響が出て、さらにそういった影響は世代を超えて「遺伝」する可能性さえあります。
ガンにしても、免疫疾患にしてもDNAばかりが重視されますが、その発現頻度を決定する環境要因も、非常に大事であるということになるでしょう。あるいは「病は気から」というような命題さえも、将来的にはどれだけか肯定されるかもしれません。
こう言った意味で、DNAの突然変異よりも重要な変異ソースがあるという指摘によって、著者は従来のネオ・ダーウィニズムの進化理論にさらに多くを付け加えたと主張しています。なるほど、そう言えるかもしれないものです。後成的な細胞の環境はDNAを変えることは確かにない(セントラル・ドグマ)ですが、その発生の経路、エピジェネシスを決定するとするなら、DNAそのものの変化と同じ程に重要であり、遺伝するとさえも言えるのかもしれません。
これは確かに進化論の理解に一石を投じる、重要な本だと思います。著者は医者でもあるため、非常に多くの遺伝病の作用機序までさかのぼって、いかに新しいアプローチが有用で生産的であるかについて語っています。あまりに事例が多すぎて、長くなって全体が読みにくくなってしまっているからか、あまり話題になっていないのかは残念なことです。