ニートの増加が言われて久しい。
社会の生産性を下げる、云々。
社会など存在しない。
あるのは個人と家族だけだ、とはサッチャーの名言だが、
リバタリアンはやはり、個人が幸せならいいと考える。
失業率の問題もしかりである。
大卒の求職者にタクシー運転手はできないだろう。
おそらくはプライドや他人が気になって、、、
だが、それも合理的というべきなのだろう。
自分らしいイメージを維持するために低い所得で我慢するのは
貧乏書生や売れない俳優の時代から、普通のことだった。
それが一億総表現社会になって、意気込むから
ニートが増えるということなのだろう。
とにもかくにも、日本は十分に豊かだし、
個人が選ぶのならニートも肯定されるべきだろう。