kurakenyaのつれづれ日記

ヘタレ リバタリアン 進化心理学 経済学

第一章 都市とはなにか

 

日本の都市のなにが問題か (世界のなかの日本経済:不確実性を超えて)

日本の都市のなにが問題か (世界のなかの日本経済:不確実性を超えて)

 

 

 

第一章は 都市とはなにか? というもの。この本はすでに読んだので、以下は、記憶が曖昧で間違っていたらすいません。

 

 

なぜ都市が繁栄しているのか? の理由に対して、ごくごく安直に答えるなら、1.都市のほうが居住者にとって魅力があること。 2.都市のほうが労働者としての生産性も高いこと、の2つになります。

 

 

1については、例えばタイ料理とかベトナム料理が好きな人、あるいは究極はLGBTの人には明らかです。僕の友人の一人は、「結局さ、日本だと大学で東京に移り住んで、歌舞伎町に住むしかないのよね」と言っていました。なるほど、僕が今ダラダラしている氷見市では、そうした多様性はまったく許されません。

 

 

2は、興味深い点です。農業やるには、農地が必要で、田舎に住む必要があります。現代社会はサービス産業中心なので、いろんなアイデアは都会から生まれます。それと乃木坂を見に行きたくても、東京に住んでないと不可能ですしね。

 

 

こうした生産性の背景には過剰な政府規制と、もちろんレントシーキングもあります。東京に住んでいなければ官僚にはなれないし、政治的な意思決定に加わる政治家には東京在住は不可欠です。おそらくはそれに付随して、マスコミも東京に集中します。日本には地方に大きな会社が、ほとんどまったく存在しないことを見ると、経済活動への許認可が多すぎて、トンデモないレベルで政治的な決定が重要であるに違いありません。

 

 

大きな科学的な背景としては、(冷凍)運搬・輸送技術が上がり、都会に1億人が暮らしても農産物を運んでくることができるようになったというのもあるでしょう。こうして全体として都会のほうが所得が高く、満足度の高い生活ができるというわけです。

 

 

この辺はまた解説したいですが、グレイサーの『都市は人類最大の発明である』が読んでいて痛快で楽しいです。

 

 

 

都市は人類最高の発明である

都市は人類最高の発明である

 

 

 

さて1972年の田中角栄の「日本列島改造論」は、さすがに政治家らしく、スッパリ潔く、こうした現実を無視して、日本全土を都会化することができるような錯覚を植え付けたわけです。新幹線と高速道路で、田舎でも都会と同じような生活になると。こういった現実を無視した政治的な幻想の押しつけが、高度成長後の1970年代に始まり、都市計画法その他の有害規制が生まれてきました。

 

さて、興味深いのは東京都マンハッタン島の比較です。東京4区とマンハッタン島は面積が同じですが、マンハッタン島にはヘクタールに270人が居住しており、昼夜人口はほとんど同じです。東京はヘクタール130人と半分しか住んでおらず、残りは郊外から通勤しているため、昼夜人口比が135%です。

 

 

なんでかっていうと、容積率規制があって、東京の都心部にはオフィスしか建てられないのです。トランプタワーみたいなのはムリ。反対に、小規模宅地に対する固定資産税、相続税、その他の優遇で、ベッタリと低層住宅とペンシルビルが港区・新宿区・文京区あたりにも広がっているのです。

 

 

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とここからは、さらに僕の感想感が強まるのですが、、、、

 

 

 

これらはみんな、もちろん弱者保護の政策ですよ、もちろんね。確か1990年頃には 通勤2時間とかいうところに 住宅地が開発されていたはず 茨城・栃木とか 小田原とかね。キチガイじみてますな。そうやって通っていた労働者(含む公務員)は弱者でなくて、都心に平屋建てを相続している人が弱者なんだって。

 

 

それが今世紀に入ると、湾岸開発が許されて、タワマンが林立するようになり、お金がある人から、なんとかマトモな通勤距離に住めるようになってきたというわけです。こうしたことでさえも平等主義者には気に入らないようですが。

 

 

それはさておき、もし弱者保護をやるんなら直接の所得補償のほうが良いというのは経済学者の主張。経済活動に歪みが発生しない(経済中立性)から、生産性が阻害されないからです。

 

 

東京への人口集中が終わった時点で高度成長も終わっているというのは八田先生の意見ですが、間違いなく、今も人口集積のメリットは終わっていないのです。それどころか、インターネットの時代に入って 加速しているのです!! 

 

 

フェイス・トゥ・フェイスが好きで、おまけに規制天国の日本では、役人の集中する東京以外に人口を分散させようとすれば、ますます経済的な成長は阻害されてしまいます。こうして失われた30年間に日本の時間あたりの生産性は40ドルで停滞し、アメリカ・ドイツ・香港・シンガポールの50-60ドルに比べて顕著に低い。それは自然に進行する都市の生み出す便益の現実を否定したことに、その一因があるということなのでしょう。

 

 

 

 

 

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